Blog ブログ

2019.04.17

編集部

グナラタナ長老の『マインドフルネス』、英語で読むか。日本語で読むか。

出会い

『マインドフルネス:気づきの瞑想』を刊行したのは2012年9月です。

 

もともとこの本を知ったのは、スマナサーラ長老からの紹介です。著者のグナラタナ長老はアメリカで活躍されているテーラワーダ仏教の大長老ですが、スマナサーラ長老と同じスリランカの出身です。

 

翻訳について

”MINDFULNESS IN PLAIN ENGLISH”は、タイトルを直訳すると平易な表現によるマインドフルネス、とでもなると思います。

そのタイトル通り、シンプルでわかりやすく、そして奥が深い。

 

例えばこんな一節があります。

The crucial thing is to be mindful of what is occurring, not to control what is occurring. Remember, concentration is a tool. It is secondary to bare attention.

 

直訳すると、

「起きてくることにマインドフルであるために極めて重要なことは、起きてくることをコントロールすることではない。思い出してほしい、集中はツールなのだ。それは、むき出しの注意のための補助なのだ。」

とういうような感じだと思います。

 

サマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想の違いを表した箇所で、集注を補助としながら、むき出しの注意が、マインドフルネスだ、ということを言っています。

実に端的な表現だと思います。

ここでbare attentionという表現がありますが、これはマインドフルネス関係の本ではよく使われる表現のようです。

でも私の脳内直訳「むき出しの注意」では、なんとなくニュアンスはわかってもらえるかもしれないですけど、日本語としてはあんまりですね。

 

出村さんの翻訳の巧みさ

翻訳された出村佳子さんはここをどのように訳出されたか見てみましょう。

「最も大切なことは、起こっていることに気づくことであり、起こっていることを抑制しないことです。集中力は道具であるである、ということを憶えておいてください。ありのままに気づくことの補助的な道具なのです。」(『マインドフルネス』232頁)

 

bare attentionは「ありのままに気づくこと」。

言い得て妙、表現として練られているなぁ。

 

出村さんはグナラタナ長老とも親交があり、ご自身も熱心な修行者です。グナラタナ長老をはじめ他の長老たちの翻訳をされていますが、その訳文の表現は実践の身体感覚から出てきたものなのではないかと思います。

 

出村さんがサンガで訳されたグナラタナ長老の本はこの3冊です。

 

『マインドフルネス:気づきの瞑想』(2012年)

〔原著:”MINDFULNESS IN PLAIN ENGLISH”, Wisdom Publication〕

 

 

『マインドフルネスを越えて:集中と気づきの正しい実践』(2013年)

〔原著:”BEYOND MINDFULNESS IN PLAIN ENGLISH”, Wisdom Publication〕

『8(エイト)マインドフル・ステップス:ブッダが教えた幸せの実践』(2014年)

〔原著:”EIGHT MINDFUL STEPS TO HAPPINESS”, Wisdom Publication〕

 

もし瞑想に対する固定観念があったなら、グナラタナ長老の本を読むことできっとそれは壊され、日々の生活に安らぎと自由を感じるのではないでしょうか。

(編集 川島)

 

サンガ営業部よりグナラタナ長老フェアのお知らせ

今回のブログ更新に合わせてグナラタナ長老の本の割引フェアを実施します。

(2019年4月25日までの期間限定割引アリ)

ご購入はコチラ

 

さいごまで読んでいただきありがとうございます。

グナラタナ長老の瞑想についての法話がYouTubeにあがっていました。

どうぞご覧ください。