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2018.08.08

編集部

サンガジャパン30号記念企画 編集部「思い出のサンジャパ」

サンガ編集部より

2010年に「仏教の総合誌」と銘打ってスタートした『サンガジャパン』

もついに2018年夏号で30号です。

『サンガジャパンVol.30 慈悲が世界を変える。』

読者のみなさま、執筆者の方々はもちろん、カメラマン、印刷所、校正者、書店員、

みなさまのお力添えもあって30号を刊行することができました。

(刷り上がるのはお盆明けですが、無事8月6日校了)

ありがとうございます。

今回30号記念特別企画として、バックナンバー10%OFFフェア(2018年8月24日迄)開催中です。

サンガジャパンバックナンバーフェア

フェアはコチラ

 

編集部思い出のサンジャパ

サンガ編集部が各々思い入れあるサンガジャパン

(全号紹介したいところですが、あえて1冊にしぼって)

を紹介します。

 

 

『サンガジャパン Vol. 13 言語と仏教』

この号はサンガ編集部に入る以前に読んだものだ。当時の焦点はどちらかと言えば「言語」であり「宗教」だった。アート・マーケット、翻訳という仕事を通じて、さらには大学院での研究課題として、まさしく本書のテーマである、体験と言語の乖離、言葉が生じさせる齟齬、読み手の解釈との距離…に取り組んでいた。結局読後に「仏教」という新たな軸が加わり、仕事や研究上の悩みは増えたが、言語化することで生まれる another version の可能性、そしてループする主題との往還。「言語と仏教」は確実に、 (ベンヤミンのいうところの) 「後熟」させたい一冊となった。(編集部・荒金かほる)

 

 

『サンガジャパンVol.14 仏教と神道』

今号の特徴は、テーラワーダ仏教や戦後の新興宗教も視野に入れた日本の霊性(スピリチュアリティ)の構図とダイナミズムを提示したことにある。鎌田東二氏の論稿によって、日本の精神的伝統が伝える実践の技が整理され、神道から戦後の新興宗教の母体となったともいえる大本教、そして止観(サマタ・ヴィパッサナー)までがひとつのパースペクティブの中に広がる。安藤礼二氏は折口信夫を補助線として天皇をシャーマニズムの視点から読み解き宗教の普遍性の中に解体する。蓑輪顕量氏と田口ランディ氏の対談は、立ち位置の違う二人のスリリングなやり取りによって、テーラワーダ仏教の特質が浮き彫りになっている。これらをひとつの視点で統合するとき、実践と体験をめぐる日本の霊性のマップが描けるはずである。(編集部・川島栄作)

 

 

『サンガジャパンVol.20 これからの仏教』

今だからできる告白です。私は今号で担当した南直哉先生にインタビュー当日「出直してきなさい。まだ時間はあるから」と立ち去られてしまったことがあります。企画の甘さを見抜かれたのです。自分の頭の中で「先生が次に恐山から東京に来るのはいつだ? 間に合うのか? ページに穴があく」と次から次と不安が浮かびました。企画を練り直し「仏教を求める条件」というテーマで、再度オファーし、ぎりぎり間に合いました。南先生の懐の広さ、男気に感動しつつ「切実に仏教が必要であるとはどういうことか」と掘り下げた良いお話を聞けました。山下良道先生、松本紹圭先生、アチャン・ニャナラトー先生が初登場の号で、テーラワーダから禅宗、真宗まで、多様な執筆陣がBudisum in the Futureについてアプローチしています。(編集部・五十嵐幸司)

 

 

『サンガジャパンVol.26 無我―「私」とはなにか―』

「無我―「私」とはなにか―」をテーマとした26号は思い出深いです。スマナサーラ長老と前野隆司先生の巻頭対談は、慶應義塾大学で行われた対談をもとにしています。仏教と科学それぞれの視点から、「「私」とは幻想である」という方向性へ向かって深まり、会場のみなさんが高揚していく様子も印象に残っています。また、禅僧のネルケ無方師はインタビュー「無我とは何か」で哲学者・永井均先生の哲学に言及しているのですが、その直後に永井均先生は論文「自我、真我、無我について」として登場し、仏教の無我説の問いの立て方自体に疑問を投げかけるという、仏教総合誌としては異例の展開になっていますが、ここでは永井先生ならではの哲学が見事に論じられています。仏教という枠さえも超えて、バトンを受け取るかのように重層的に深まっていくこの流れが、『サンガジャパン』のダイナミズムだと思います。(編集長・佐藤由樹)