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2018.03.10

編集部

スリランカツアー2018参加者 横谷さんの感想

2018年2月開催した

「株式会社サンガ企画特別ツアー スマナサーラ長老と行く瞑想合宿とスリランカ仏教聖地参拝の旅」

ですが、ご参加いただいたみなさまありがとうございます。

 

参加者から次々、感想をお送りいただいております。

その中のお一人・横谷さんから「これは感想? ツアーレポートでは?」

というようなメッセージが届きました。

横谷さんのフィールドワークまとめご覧ください。

 

スリランカ

スリランカは、人口の約7割を占めるシンハラ人を中心にパーリ語経典を奉じる上座部仏教の国である。上座部仏教は、仏滅三ヶ月後の第一結集で確定された律と経をそのまま現存のパーリー聖典として保存しているとされる。日本も神道の伝統はあるものの、様々な宗派を抱えた大乗仏教の国である。大乗仏教は、仏滅後百年頃に分裂した北西インドの上座部(後の説一切有部)やインド東部の大衆部の流れを組む。供に、西隣に大国が控え文化の影響を多いに受けてきた島国であるスリランカの仏教を今回のツアーで垣間見た。

 

石仏

地震がなく雨の少ないスリランカの仏教は石仏の文化である。貯水池を見渡す岩石をに彫られたアウカナの立仏像は高さ12mである。石畳みが見渡す限り広がる古代遺跡タンティリマレには先住民族の壁画、サマーディ仏などの石仏が彫られていた。スリランカは紀元前5世紀にシンハラ人の先祖が北インドから移住したことに始まるとされる。先住民族の優秀なこと、サマーディ仏の胸が盗掘で破壊されていることなどをスマナサーラ長老から説明され、仏紀2,561年となる仏教といえどもまだまだ新しい文化であること(像法・末法だとか言っていられない!)、欲のためには仏像破壊も厭わない人間の業の深さを感じた。

タンティリマレのサマーディ仏

アショーカ王の子・王子マヒンダ

スリランカの『ディーパワンサ』(島史、4-5世紀)や『マハーワンサ』(大史、6世紀初頭)などの年代記によれば、紀元前247年インドのアショーカ王の王子・マヒンダが、アヌラーダプラ東方のミヒンタレー山で、デーワーナンピヤティッサ王と出会い、王が仏法に帰依したことが仏教の始まりとされる。テッサ王はアヌラーダプラに大寺(Mahāvihāra)を開き、そこで上座部仏教が広まったとされる。

マヒンダの持仏

 

アショーカ王の妹のサンガミッター

アヌラーダプラは、千三百年もの間シンハラ王朝の首都として興亡の歴史を刻んだ仏教の聖地である。アショーカ王の妹・サンガミッターが、インドのブッダガヤの菩提樹の枝を分けたものをスリランカにもたらしたものであるとされる。このスリマハ菩提樹や、高さは55mの巨大なルワンウェリセイヤ仏塔には多くの参拝者が集まりお布施や礼拝を捧げ、伝統音楽のラッパが鳴り響き、仏塔に巻かれるお布施の布の行列に参加させてもらい、まさに活きた仏教を体験した。

 

大乗の影

スリランカの仏教は一時上座部から分裂した仏派が現れた。これらの仏教教団の統一を行ったのは12世紀に現れたパラッカマバーフ1世である。アヌラーダプラに紀元前一世紀に建てられた大乗仏教の仏塔アバヤギリこの分裂の歴史を伝える。しかしルワンウェリセィヤの仏塔が白く輝いていたのに対し、こちらの表面は褐色のレンガ積みで人影も疎らであった。

アバヤギリ仏塔と横山氏

 

サマーディ仏

アヌラーダプラにはもう一つ、三世紀に造られたとされる美しいサマーディ仏像がある。その穏やかな表情はガンダーラ地方のアルカイックスマイルとは全く異なる。西域の影響を受けていない清々しい美しさ。見る人の心次第で見え方が変わりますとのスマナサーラ長老のお話があり、自分の心をもっと高めまた訪れたいと思った。

 

アヌーラダプラのサマーディ仏

 

以上、横谷さんのツアーレポートでした。

横谷さんありがとうございました。

 

 

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