Blog ブログ

2019.04.26

社長ブログ(ほぼ毎週金曜日更新)

歯医者選びと瞑想修行

歯医者という修行道場

 

「いつかきっと」と思いながら、
なかなか行かないのが歯医者だ。

僕は特別ズボラな性格なので、
治す歯はいっぱいあっても、
中断すると、もうしばらく行かない。

最近、ふと思い立って、
新しい歯医者を探して行ってみた。

ここは女医である。

別に女医の歯医者を選んだわけではなく、
すぐに診察してくれる歯医者を探していたら、
やってくれるというのがここだった。

普通、予約しても待たされるものだが、
ここは時間ピッタリに先生に呼ばれた。

 

女医先生の説法

さらに驚いたのは、
最初に女医先生が、これからの治療方針を、
まるで演説するかのように、僕に語り始めたのだ。
これには驚かされた。

美人の女医先生は、まるで説法でもするように、
「歯を見るとその人の人生や、
性格まですべてわかる」と言った。

話には、もちろん商売っ気も感じた。
インプラントすると、なんと一本65万円もかかるらしい。

しかし、良きにつけ悪しきにつけ、
自信をもって話されるのは、聞く方としては気持ちのいいもんだ。

病院でもそうだが、先生が友達目線では困ると思う、
上から目線で話されないと、不安でたまらない。

最初に決めたら、とことん信じるしかないと思う。
感覚を犠牲にするのは、一カ所でしかできないからだ。

妄想好きの僕も、歯の治療中は、妄想があまりできない。
どうしてかというと、「痛い」からだ。

感覚を直接刺激する、あの「痛み」。
そして、あの音。
「今、ここ」へ、妄想から引きずりおろしてくれるには十分だ。

まさにここは、瞑想道場である。

 

自分からの解放と虫歯からの解放

瞑想修行も大事なのは、まず先生選びである。

これをなくして、真の瞑想修行はない。
この人だと思ったら、もう迷わない。

上から目線は、大歓迎である。
むしろそうして貰わなければならない。

この人だと思ったら、とことんついていく。
命懸けでやらなければ「偽自我」に気づくのは難しい。
これに気づかない人は多い。

仏教は「実用書」ではないのだ。

歯医者と違うのは、
今、とことん痛い虫歯からの解放と、
自分からの解放を願う気持ちを比べたら、
断然、虫歯からの解放の方が強いことが、
修行の妨げになっている。

つまり切迫感が、違うのだ。

そして、自分からの解放は、
「それを願っているのも自分だ」ということも、
話をややこしくしている。
「絶対矛盾」の状態である。

川は流れる。
自分が思考停止していようがいまいが、
妄想していようがいまいが、
瞑想していようがいまいが、
川は常に変化し、無常である。

 

〔道場といえば、守谷の瞑想合宿の道場。サンガ坐布を使ってくれている人がいた(2016年)〕

 

サンガ通販サイトより

2019GW「瞑想」本&グッズ最大20%OFFフェア開催中

(2019年4月27日〜5月7日)

フェア会場→コチラ

瞑想用坐布、瞑想本が数量限定でお安くなっています。