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2017.09.15

社長ブログ

3.11から6年半になる。

その時サンガは

レンタカーで仙台に向かおうとしていた。

当時娘2人も東京で同居していて、「私たちも行きたい」と言っていたが、母と妻は絶対に来るなという。

そこで仕方なく彼女たちはあきらめて、川島、五十嵐、カメラマンそして僕の4人で行った。

車内は興奮、怖れ、不安、無力感、で異様な雰囲気になっていた。

川島が運転する軽のレンタカーが、高速のコンクリートの壁に激突しそうになったり、外の車がなんだか怖くなったりしながら、レンタカーはやがて夜の新潟を過ぎ、山形そして仙台の秋保に入った。

 

仙台に入ると

明らかに地震の爪痕が痛々しかった。

舗装道路には夥しい段差や亀裂が生じ、ビルや家屋は傾斜したり、潰れたりしていた。

仙台から石巻に入るとそこはまさに、映画『ターミネーター』に出てくるような破壊された町のシーンだった。いやもっとすごいかもしれない。

街には水が溢れ、車はことごとく横転し歩道橋の上にまで車がある。

 

もちろん電気は全くない。車のヘッドライトだけが不気味に光る。

観光スポットの「石ノ森記念館」は、撃墜された宇宙船のように無残な姿を横たえている。

佐藤由樹の知り合いが石巻で犠牲になったらしい。そんな話題が当時飛び交っていた。

この話はサンガジャパンVol.6『震災と祈り PRAY IN THE DISASTER』に詳しい。

 

そして今

娘の由希は、仙台のテレビ局で記者として働いている。

テレビ局も「河北新報」も、東日本大震災は今も毎日のメインニュースの一つである。

当然由希も毎日のように取材しているから関心も高く、彼女の提案でこの間、石巻に家族で行ってみた。

この8月に「REBORN ART FESTIVAL」をやってるらしい。

今の石巻は6年前からは豹変し、おしゃれを、また地方発の文化の発信を目指しているようだ。

街のいたるところにオブジェがあり音楽が流れ、人々が集まっている。

なんかちょっと違うかもしれないが、倉敷の町のようだ。

そこでは、また様々なアーティストが、独自の作品をそれなりの場所を選んで展示している。

 

僕はあの製紙工場の排煙の臭いと、魚の臭いが強烈なイメージの石巻とは全然違うので、けっこう違和感があった。

僕「なんか心にあんまり来ないな」

由希「それはお父さんの心の問題じゃないの」

娘は社長ブログを読んでいる。

 

海岸線に次々と作られる、コンクリートの巨大な防波堤を横目で見ながら、本当にこれが復興なのか、と思った。

母は僕よりも違和感を持ったらしい。「お父さんはどう思った」

僕「何かにチャレンジしていくことは、何もしないでいるよりずっといい」

母は明らかに不満気だった。

 

タガタメ

牡鹿半島を回っているうちに、小林武史がここに来ると聞いた。

娘たちは驚いたが僕は無反応、なぜなら僕は彼を知らない。

話を聞いて行くと、なんか僕と由樹十八番の『タガタメ』を編曲した人らしい。

青い空、碧い海、すぐそこに見える金華山、そしてキーボードのインプロ、申し分のない幸せの風景だった。

僕は思った。すべては無常である。すべては変化し続ける。