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「心の本質」にせまる 『ブッダの実践心理学』 その6
⑤業と輪廻の章〈五〉
(『ブッダの実践心理学アビダンマ講義シリーズ第五巻「業(カルマ)と輪廻の分析」』について)

ブッダの実践心理学アビダンマ講義シリーズ第五巻「業(カルマ)と輪廻の分析」
アルボムッレ・スマナサーラ/藤本晃[著](サンガ、2009 年)
「触れて感じる」という、刹那に生滅する心のはたらきが認識を生むのですが、真っ白なキャンバスのような無垢の心にまったく新たに認識が生じるのではありません。
刹那滅を続けているとはいえ、新たに生まれる心は「同じ『私』よ」と錯覚するほど直前の心を色濃く受け継いでいて、その心もその直前の心を受け継いでいて、そうやって無始爾来(むしじらい)の「自分の」業が、心には深く刻まれているのです。
心は生滅(=認識)するたびに過去の業を表し、新たに業を作っています。
そうやって、認識の仕組みはすべての生命に共通ながら、各人の生と死と生活は千差万別となるのです。
『アビダンマッタ・サンガハ』〈五〉章では「生まれ変わり」先といいますか、生命の境涯をまず説明します。
すべての生命が、苦しみが大きい方から順に地獄、畜生、餓鬼(幽霊)、人間、天人、それから天界の中の禅定に熟達した人だけが転生できる色界禅天と無色界禅天のどこかに住んでいます。これ以外に生命の居場所・逃げ場所はありません。この辺の話になると現代文明人には信じられないレベルかもしれませんが、すべてを知り尽くしたブッダが説いたことです。
「生まれ変わる」ときにどのような業が結果を出して新たな生を作るのかを四種類に分け、それから業の強さを四種類に分け、業が結果を出す時期も4種類に分け、それぞれの業(行為)がどのように各境涯への転生とその後の生を決めるのか、解説していきます。最後に死と結生(転生)前後の、いわゆる臨終時に起きる出来事を解説します。「ご先祖様が呼んでいる。お花畑が見える」などという臨終時の悲喜劇が決して荒唐無稽なものではないことがよく分かります。
以上で心と物質、つまり世界のすべてについて、解剖分析がすべて終わりました。
⑥縁起の章〈七・八〉
(『ブッダの実践心理学アビダンマ講義シリーズ 第六巻「縁起の分析」』について)

ブッダの実践心理学アビダンマ講義シリーズ 第六巻「縁起の分析」
アルボムッレ・スマナサーラ/藤本晃[著](サンガ、2011 年)
仏教教義では曖昧なものはまったく認めません。
心の集中力と智慧を駆使して、世界のすべてである心と物質の正体を全部、徹底的に解明します。
ブッダによるその結果を知識として学ぶだけでも、
「知り尽くしたぞ。世界はこんなものだ」という知的満足感、世間への執着が消えるという意味の諦めが、心に生まれます。出家であれ在家であれ、ここから心の成長、悟りへの道を歩むのは、定石と言えましょう。
『アビダンマッタ・サンガハ』〈七〉章では、これまで分析し尽くした心と物質の項目たちを、それらが相互にどのように関連し合っているか統合します。
曖昧なまま「これとそれは似ている」などというのはダメですが、分析し尽くしたそれぞれの項目を今度は正しく関連づけるのは、世間を正確に知るために、そしてそれを乗り越えて悟りを開くために、学ぶべき科目なのです。
心も物質も同時進行で統合します。知覚機能六種類の眼耳鼻舌身意とその対象の色声香味触法などが挙げられる中、極めつけは悟りへの道を示す三十七菩提分でしょう。
これはすべて心のはたらきですが、四念処、四神足、五力、七覚支などから成る項目の数を合計すると37になる、その中の1グループ、例えば四正勤や八正道
だけでも、きちんと悟れる道筋になっています。ブッダがあれこれの項目を統合するときは、そうすべきだからしているのです。
『アビダンマッタ・サンガハ』〈八〉章は統合の総仕上げといいますか、縁起の解説です。
十二支縁起を中心にして、絶え間なく生滅する縁起はもとより、相互に縁となる縁起の仕組みを解き明かします。因果法則の意味を知ることができます。
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