社長ブログ(ほぼ毎週金曜日更新)
新刊『観察』のこと。そして、プレゼント動画を見て。
『観察――「生きる」という謎を解く鍵』
今回は今月の新刊『観察――「生きる」という謎を解く鍵』について書きたい。
スマナサーラ長老の対談本は、去年の11月に刊行した
『仏教と科学が発見した「幸せの法則』(前野隆司先生との共著)に続くものである。
前作『仏教と科学が発見した「幸せの法則』は、例えば人がホームに転んで落ちたのを見たとき、
その次の瞬間にとる動作は、脳の意識による指令なのか? それとも、無意識によるものなのか?
という議論から始まる。
前野先生の受動意識仮説にあてはめれば、
ホームに落ちた人をとっさに助けたり、
または呆然とその様子を見て立ちすくんだりする動作の選択は、
脳の指令によるものではなく、無意識の行動の結果、ということになるようだ。
このような議論から始まる、仏教と科学による「脳の謎についての探求」だった。
想田監督という観察者
それに対して、今回の『観察』は
映画作家の想田和弘監督がスマナサーラ長老に質問をぶつけていく、
言わば「スマナサーラ長老の仏教道場」である。
想田監督の語り口を読んでいると、
「自分が抱いている問題について、今回なんとしてでも長老から、仏教的な回答を得るんだ」
という強い情熱を感じる。
想田監督は、時には視点を変えつつ、あらゆる方向から長老に質問をする。
特に、怒りについての質問は多彩だった。
想田監督はもともと『怒らないこと』を読んで長老を知った。
長老の答えは、いつものように簡潔明瞭である。
頭でわかっても腑に落ちない。自分の過去が邪魔して、前に進めない。
それが我々凡人の正直なところなのではないか。
想田さんのそれを何とか解決したいという願いが、ひしひしと伝わって来た。
観覧車に乗り、高いところから下で喧嘩している人たちのを見るのと、
下で実際に喧嘩しているのを見るのとでは、大違いである。天と地の差がある。
「怒らないこと」とは、下で喧嘩している状況の中で、
「観覧車から下を見ている自分」に気づくことではないだろうか。
『観察――「生きる」という謎を解く鍵』発売記念動画について
『観察』のプレゼント動画も見た。
(*上記は一般公開中の「導入編」35分です)
これはスマナサーラ長老による想田監督への瞑想指導である。
2時間以上あるので、瞑想指導のフルバージョンと言ってもいいだろう。
(*『観察』購入者限定プレゼント動画の「完全版」は2時間13分あります。購入者キャンペーンはコチラからどうぞ)
僕は、印象に残っている瞑想指導のフルバージョンが3つある。
1つ目は、テーラワーダの修行を始めたとき、僕が実際に受けたものだ。
2つ目は、たしか『自分を変える気づきの瞑想法【増補改訂版】』(第二版)のときだったと思う。
そして今回の想田監督への指導が3つ目だ。
動画を見て思ったのが、以前の瞑想指導と比べると、ずいぶんバラエティになったなと思う。
「折り紙の瞑想」や「食事の観察」など、長老もかなり工夫しているんだ。
「食事の観察」は、実は僕は、守谷での瞑想合宿ではやっていない。
だから食事が終わるのは、僕が一番早いのだ。
別に威張っているわけではなくて、人は往々にして最初のバージョンをスタンダードにしてしまうのだ。
僕が受けた最初の瞑想指導には、「食事の観察」は、まだなかったのである。
あと、「本棚を使った瞑想」は、
今度、仙台の自主瞑想会・サラナヴィハーラでやってみようと思う。
『観察』の第二部に詳しく書かれているが、
想田監督は、アメリカでマインドフルネスのコースを受けてきたという。
そのうえで、今回、スマナサーラ長老の瞑想指導を受けた。
その感想は、『観察』の付録としてまとめていただいているが、
想田監督の感想を、もっと聞きたいと思った。
そしてスマナサーラ長老の、いつもながらの熱い指導には頭が下がる。