編集部
第 49 回 サンガくらぶ「『清浄道論』を読む 第 3 回」 のレポート
編集部より
先日 9 月 21 日に第 49 回 サンガくらぶ「『清浄道論』を読む 第 3 回」が開催されました 。
テーラワーダ仏教における重要な綱要書である『清浄道論』(ヴィスッディ・マッガ)では、戒律・禅定(修習)・智慧の三つのセクションに渡って仏道修行とその結果について論じられています。そのうち清浄道論の精髄というべき「智慧」のセクションを、スマナサーラ長老より連続講義の形でご解説いただきます。『清浄道論』をひも解きながら、ヴィパッサナー実践から得られる智慧を、入口から一歩一歩学んでいきます。
今回はシリーズ第 3 回目にあたります。
後藤一敏さん(サンガ読者)による 第 49 回 サンガくらぶ「『清浄道論』を読む 第 3 回」 のレポートをお届けします。
どうぞ一読ください。
第 49 回サンガくらぶ
「『清浄道論』を読む 第 3 回」(2018 年 9 月 21日)
講師:アルボムッレ・
スマナサーラ長老
講演レポート
「道非道の知見の清浄」について
古 (いにしえ) の人々は、勉強し理解した後に瞑想に入っている。ヴィパッサナー瞑想をすると一人一人に現れる現象は全て異なるが、同じように悟りに至ることができる。悟りは問題ない。ブッダの教えとは、全ての現象が無常、苦そして無我であること。つまり、それは頼りにならない、執着に当たらないということを発見すること。一人の人間がすべての現象を理解することは不可能であり、人が最終的に発見するのは無常、苦、無我である。
道は、ブッダが教えた真理の説明。真理は世の中にあるもの、すべての現象、生命、一切の存在、が如何なるものか、についての説明。
非道は、我々の世間に対する考え。昔と今の人々の考えはまた異なる。迷信だらけだった古の人々は欲望で神々を作った。人々は、漫画同様、俗世間の尺度でものを見て、自分の欲望で妄想を作ってしまう。
ブッダは、生命が五蘊であるという色受想行識に基づいてものを見る。それ故にすべての生命を区別なく見ることができる。何事も区別がない。ブッダのような見方は難しいが、瞑想すると,自分の身体を構成している色受想行識に気づくことができる。仏道を修行する者は色受想行識として自分を発見し、正統覚者が分析した枠組みに入れてものを観察する。そこに疑はない。
身体を地水火風というエネルギーで見ている人にとっては、速いスピードで肉体が変化していることが理解できるようになる。感じ方が変わり、坐るときに、硬くて重く感じたら地の元素を、立つときに軽く感じたら地の元素が減ったと感じる。つまり肉体だけを観察しても、動作の勢いで変化していくものであると分かる。その変化は我々が持っている細胞分裂より、非常に速い。
知識を使ことは、ある尺度をもって見てしまうので、危険である。ただ実況中継で見るのみ。地水火風は、知識を使うと見ることができない。
自分自身の気づきと二つの学び:
・ブッダの見方である色受想行識で見ると、ものの本質を捉えることができる
・身体を地水火風のエネルギーの変化で見ると、速いスピードで変わっていることを感得することができると知ったこと。
いかがでしたでしょうか。
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第 54 回サンガくらぶ「『清浄道論』を読む 第 4 回」
は11 月13 日開催予定です。
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