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2017.07.31

webサンガジャパン

イギリス アマラワティ僧院副僧院長「アチャン・ニャーナラトー師インタビュー」その2

アマラワティ僧院の一日

――アマラワティ僧院では、一日のスケジュールはどのように組まれているのでしょうか。

基本的には、夜明け前頃から比丘と在家参加者たちが一緒に瞑想と読経をします。その後、朝の作務をして、朝食があって、そしてまた作務の時間です。

台所をサポートする人もいれば、庭仕事をする人もいれば、会議・オフィスワークや建物の修理、ペンキを塗ったり、いろんなことをやります。調理や草刈りなど、比丘の僕らには戒律上できないこともありますが、在家の皆さんによってそれらはカバーされます。ゲストはそれらすべてが修行です。

午前中はそうして過ごし、十一時に食事をして、午後は基本的には自由時間になりますが、立場、役職によってはいろいろな責務もあります。そして夕方また一緒に瞑想・読経をします。

こういう時間割は人によってはゆるいように思われるかもしれませんが、自主性にまかされていて、自由時間はそれぞれ経典を勉強し、ダンマを吟味し、座る瞑想をしたり、あるいは歩く瞑想などをしています。

結構、自然環境がよい所なので森の中へ歩きに行くこともできます。それも瞑想なんですね。心を解き放つ、心を安らかに、あるがままに淡々と歩く。

 

――上座仏教の僧院や瞑想センターとしては、作務の時間が多いのではないですか。

はい、アマラワティ僧院は作務の時間がたしかに組まれています。寺にはなさねばならない仕事が多くあり、それを出家者も在家も、分担し、力を合わせて、進めていきます。

アチャン・チャーの数ある僧院では作務の比重が個々で差があり、山奥にあって、作務を極力少なくして、ほとんど個人的な時間になっているお寺もあります。一方、本堂など寺作りを自分たちの手でする僧院も多く、そんな時は多くの時間が作業のために費やされます。

なかでも厳しい場合には、托鉢がすんでその日の食事(タイの森林派の寺では一日一食です)を終えたら、「さあ仕事だ」となって日が暮れても仕事が続くようなこともあります。もちろんそのようなことは、多くはありませんが。

アチャン・チャーは1992年に逝去され、その一年後にタイ王室葬が行われましたが、その時もすごい仕事になりました。葬儀には延べ百万人が参列しましたので、駐車場や人が滞在できるスペースを作らなくてはなりませんでした。

幸いにして、寝泊まりするのは熱帯だから簡易テントで大丈夫です。でも、トイレはどうするんだ、食べ物はどうするんだ、スペースはどうするんだ、人が通る道はどうするんだ、などなどとやるべきことが山積していました。

アチャン・チャーは晩年の約十年間、いわゆる植物状態でしたので、その死に備え、これらの準備のために、何年もの間、多くの作業が比丘を中心に僧院では行われていました。そうする中で、各々は多くのことを学び、また、サンガ全体の強さも育まれていきました。

このように、アチャン・チャーの僧院は、瞑想はもちろん大切にされますが、そうでない、さまざまな仕事や責任も、修行のさまたげと見るのではなく、個々とサンガの成長の機会と見る風土があります。

 

――僧院の副僧院長として、在家のゲストに説法をされることもあると思います。どんなお話をされていますか。

現代文明の真ん中にあるお寺だから、来る人たちも仕事や人間関係の問題をいろいろ抱えています。その問いも、瞑想そのものの詳細についてのこともありますが、生きかた・人生の問題となることが多く、その中での、正しい考え方、見方、あるいは、心に安らぎをもたらす方法としての瞑想を話し合うことが多いです。

あまりコメントやアドバイスをせずに、相手の気持ち、思いに静かに聞き入るということもよくあります。教えの押しつけも避けます。

どうすれば強く生きていけるか、あるいは人生をどうやって総合的に正しく導いていくかというストラテジーとして、ダーナ(dāna)、シーラ(sīla)、バーワナー(bhavanā)、つまり、布施、持戒、瞑想を説明することも多いです。

(つづく)

【バックナンバー】その1

 

取材・構成:森竹ひろ子(コマメ)&サンガ編集部

2017年8月10日アチャン・ニャーナラトー師法話会の詳細情報・ご予約はコチラから。

 

本記事は、『サンガジャパン20号 特集「これからの仏教」』の転載です。