社長ブログ(ほぼ毎週金曜日更新)
スマナサーラ長老と行くブッダ八大聖地巡礼〔インド旅行記(1)〕
サンガツアー祝10周年!2004年インド旅行記 特別掲載
今年、サンガツアーは10年目を迎える。
そして、今回のツアーの行き先は、
まさにサンガツアーの節目を飾るにふさわしい、
仏教発祥の地・インドである。驚いたことに、
去年の同じ時期の参加予約者9人に対して、
今年は現時点で、
なんと「39」人の参加予約者が集まっている。僕にとっても驚きの世界だ。
もしかしたら、「満席で予約締め切り」という事態が
発生してしまうんじゃないかと、
ドキドキしている。実は僕は、
サンガツアーが始まる5年程前にも、
インドを旅している。いわば、サンガツアーの原流となる旅だ。
そこで、この社長ブログでは、
今回から数回に分けて、
僕が2004年に書いた「インド旅行記」を
あらためて掲載しようと思う。今からすれば、“若き日”とも言える僕が、
インドに初めて触れた新鮮な気持ちを、
この機会に一緒に味わってほしい。
〔2004年1月31日〕天竺へ飛ぶ転送装置
インドは、お釈迦様の生誕の地だから、天竺なのだ。
僕は、その遠い地を思い描きながら、
長時間、飛行機に乗っている。
僕はタバコを吸うので、飛行機の長旅はとても嫌だ。
「ここに映画『スター・トレック』の
転送装置があれば画期的だ!」と、
具にもつかぬことを考えながら、
早く時間が過ぎるのを待っている。
長時間のフライトを好きになるのは、
たぶん禁煙するしかないわけで、
それには精進が必要になってくる。
精進するかしないかは、
本人の心が決めることだ。
〔2004年2月1日〕パトナ――金と物質の悪魔
デリーからパトナへ向かう。
12億の人口を誇るインドは
やはり広くて大きいのだ。
人口爆発力は、国力の決定的な意味を持つ。
それは、時代を超えて普遍的なことなのかもしれない。
何と言っても、
人類最高の叡智・ブッダを生んだインドだ。
しかし、インド自身は、
その重要性を知っているのだろうか?
インドはそのことにまったく無自覚で、
僕には、カオスに溢れた世界にしか見えない。
そしてパトナは、
10%の経済成長を誇る現代インドの
裏庭的存在のように映った
パトナを見ていると
僕にはまるで、
古代インダス文明が、
金と物質の悪魔と、
握手している最中のようにも見える。
金のために悪魔と握手するなら、貧乏を選ぶ。
それが、僕の結論だ。
人間関係は、明らかに欲のために劣化し、
疲弊して、その価値を下げる。
(「精進」としての孤独ではなく)
欲を増幅させる孤独は、
破滅の方向にしか行かない。
欲にまみれた手で、純粋性をつかむには、
どれだけ労力が必要か。
貴重なものは無常の中で、
一瞬で消えてしまう。
遠回りするほど時間は残ってはいない。

[2018年追記]当時、僕は金持ちだったんだな……。だから、こんな呑気なことが言えたのだ
ブッダが立ったインドの原野
バイシャリを後にした釈尊は、
アーナンダとともに北に向かい、
見返りの丘で、かの地を象のように振り返り
美しい都へこの世の別れを告げた。
……偉大なる釈尊は、首をつかって振り返るのではなく、
振り返るのであれば、
象のように身体全体で振り返るのだという。
今日、スマナサーラ長老に聞いた話だ。
一説には、
「ブッダが、『この世は美しい。人の命は甘美なものだ』と言った」
という話があるようだが、
これは絶対、ブッダの言葉ではない。
経典にも記されていないそうな。
そういえば、梅原猛と瀬戸内寂聴が
テレビで対談をしていて、
梅原猛が「その偈はどこにありましたか?」と
瀬戸内寂聴に質問したようだが、
瀬戸内寂聴は明確には答えてなかったようだ。
ブッダがそんなこと言うはずもない。
絶対ありえないと、僕も思う。
君はどう思う?
ブッダとアーナンダの二人は
寂静に包まれながら、
インドの原野を、向かう。
ブッダを知りえた僕は、
何という幸せものだろうか。
(続く)