社長ブログ(ほぼ毎週金曜日更新)
スマナサーラ長老の「守谷ヴィパッサナー実践合宿」
瞑想の秋
また、この季節がやってきた。
スマナサーラ長老の守谷合宿だ。
いつも一週間前にタマちゃんからメールが届いて、
「もうそろそろだから、
ちゃんと瞑想合宿に臨む姿勢を作っておくように」
と言われるのだが、いつも全然できていない。
今回もそうだし、前回もそうだった。
しかし、初日が終わると、
自分の状態がこんなにも良くなるものかと、
驚いたのを覚えている。
だから今回も、驚きの初日になるのかもしれない。
そして、修行と仕事が一緒になっている僕は、
本当に幸せだと思う。
ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』を読む
ハラリも、僕たちと同じ、ヴィパッサナー瞑想の実践者だ。
彼の新著『ホモ・デウス』の扉にも
「重要なことを愛情をもって教えてくれた恩師、
S. N. ゴエンカ(一九二四~二〇一三)に」
と書いてある。
『ホモ・デウス』の中で彼は、
人間には魂や霊などはなく、それは最近になって、
科学的にも証明されたということを言っている。
ところが二〇世紀に科学者が
サピエンスのブラックボックスを開けると、
魂も自由意志も「自己」も見つからず、
遺伝子とホルモンとニューロンがあるばかりで、
それらはその他の現実の現象を支配するのと同じ
物理と化学の法則に従っていた。
(『ホモ・デウス 下巻』ユヴァル・ノア・ハラリ[著]/柴田裕之[訳]、
河出書房新社、104ページ)
これは長老がいつも言う、
「体を探しても、魂なんか見つからないでしょう」
ということと一緒だ。
やはり科学は、いつも後から仏教を追いかけているのだ。
さらに彼が言いたいことは、
結局、人間は、自分で勝手につくったstoryに依存している。
つまり、すごくあやふやな世界で生きているだけだと言っている。
プラユキ・ナラテボーさんとスマナサーラ長老
抜苦与楽(ばっくよらく)――
これはプラユキ・ナラテボーさんがよく使う言葉だが、
実際にスマナサーラ長老も法話の中で、
「今、思いっきり息をはいてください」と言われることがある。
真面目にやるとすごく苦しくなって、
再び吸い始めるとすごく楽になる。
また息を止めていると苦しくなり、
そして、再びはくと楽になる。
つまり、苦しみがなければ楽がない。
楽が無ければ苦しみがない。
なおかつ、それは、
いま、この瞬間にだけできることだ。
その他の苦しみや楽しみが何であれ、
ただ自分の作ったストーリーに
依存しているだけなのだ。
スマナサーラ長老のインタビュー
長老インタビューは、昔は毎日、
いや1日2回くらい行っていたが、
最近はめっきり行かなくなった。
それはなぜかというと、
ただ単に、すごく怒られるからである。
(これは真似しないでほしい。
いくら怒られても、基本的には
いつもインタビューを受けるべきだと思っている)
なぜ、長老に怒られるのかというと、
勝手な解釈かもしれないが、それは
「いま・ここで、修行していないから」なんだと思う。
自分のストーリーに依存している限り、
きっと長老は怒り続けるんだろうと思う。
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