社長ブログ(ほぼ毎週金曜日更新)
仏教修行とアーユルヴェーダ
心と体は別物だ
もともと、心と体は別物なのだが、
僕たちは、体と意識はくっついていて、
当然ひとつのものだと誤解して、
ほとんどの時間を過ごして生きている。
ところがときどき、
心と体が別物だと、気づくときがある。
それは他愛もない瞬間、
たとえば、朝、目が覚めると、
自分が誰で、 今どこなのか、
一瞬ではあるが、迷ったりすることもある。
また、周りの環境が大きく劇的に変化したときなど、
自分がどんな個性の持ち主で、
そして、どういう立ち位置で生きてきたのかを
確認しないと不安になったりもする。
また、瞑想修行をしていると、
すごく調子のいいときなんかは、
確実に心と体は、別物だと認識できる。
また、瞑想合宿とか、
自分をある程度厳しい環境に置くと、
自分の心を自分でコントロールすることができるようになる。
体調が悪いときは、どうしようか?
禅でも「体のことは放っておけ」と言うが
テーラワーダでも同じようなことを言う。
心の修行としては、これでいいのだが、
その反対に、体を壊したときは、どうだろう?
この身心は表裏一体なので、
体が調子悪いと、これもまた困ったもんだ。
先日、僕は急に、体の具合が悪くなり、
こんな体とずーと付き合っていくのだろうかと、
ちょっと不安になった。
そのとき僕は、
スマナサーラ長老も体調が悪いときがときどきあり、
長老のことに思いをはせた。
またパラリンピックの選手なんかは、
観ているほうは、楽しく感じるかもしれないが、
やっているほうでは、
そうとうのハンディキャップを背負っているんだな、
と考えたりもした。
日本人はもともと、生まれてこのかた、西洋医学にどっぷりつかって、
いわば薬なんかは、「○○に効く」と言われるとプラシーボ効果だけで、
もう良くなったような気になっている。
しかしながら、西洋医学は、オールマイティではない。
そこで僕も考えたのだが、東洋医学の存在である。
特に着目したのが、
アーユルヴェーダだ。
生命の科学=アーユルヴェーダ
サンガでも、
鮎沢大/三木健輔/モハメド・ナジール・ホサイン[著]
『生命の科学 アーユルヴェーダ』
を出している。
また、編集部の川島が貸してくれた
『新版 インドの生命科学 アーユルヴェーダ』
上馬塲和夫/西川眞知子[著](農山漁村文化協会)には、
次のように書かれている。
アーユルヴェーダ(「アーユス」と「ヴェーダ」が結合した言葉)は、
約5000年前にインドで発祥しました。
「アーユス」は生命や寿命、
「ヴェーダ」は真理や科学などの意味を持つことから、
「生命科学」と訳されています。
そして、この本によれば、
21世紀に入ってからも、現代医療の発達に関わらず、
多くの患者が、診断はつかないけれども
自覚症状があるという状態に苦しんでいるという。
どうだろう?
この辺に東洋医学と西洋医学に接点があるように思える。
たとえ体が健康であっても、心が不健康であるなら、
WHOの定義でも、健康であるとはいえない。
9月3日(火)は第64回サンガくらぶ
「仏教とアーユルヴェーダ」が開催される。
スマナサーラ長老と
スリランカのアーユルヴェーダ医師
パーリタ・セーラシンハ先生をお招きし、
僕が司会となって、
3人で仏教と真の健康について、
踏み込んで話をできればいいなと思っている。
9月3日開催「仏教とアーユルヴェーダ」
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