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2020.03.23

編集部

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関して2人の僧侶の言葉「スマナサーラ長老とブラザー・ファップニィェム(プラムヴィレッジ)」

サンガ編集部より

2020年3月23日現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関して不安な日々を過ごしている方が多いことだと思います。

そこでサンガが日ごろお世話になっている2人のお坊様(アルボムッレ・スマナサーラ長老とブラザー・ファップニィェム)が、

それぞれの公式SNSで発信されたメッセージをブログで紹介します。

お2人のメッセージが、みなさまの役に立てば幸いです。

 

 

①「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が人類に与えたメッセージ インフォデミック(Infodemic)とパンデミック(Pandemic)」

|アルボムッレ・スマナサーラ長老(日本テーラワーダ仏教協会公式You Tubeより)

 

②コロナウィルスの影響を受けている全世界の人々に対してオンラインでのライブ法話

ブラザー・ファップニィェム(プラムヴィレッジ タイランドの最長老のダルマティーチャー)

(ティク・ナット・ハン 「マインドフルネスの教え」@tnhjapan facebookページより転載)

 

2020年3月22日にプラムヴィレッジ…

ティク・ナット・ハン 「マインドフルネスの教え」さんの投稿 2020年3月22日日曜日

2020年3月22日にプラムヴィレッジ タイランドの最長老のダルマティーチャー、ブラザー・ファップニィェムが、コロナウィルスの影響を受けている全世界の人々に対してオンラインでのライブ法話をしてくださいました。のべ2000人の方が聴かれました。

この文章はライブ法話を聞きながらメモ取ったものと、ブラザー・サンライトが録音してくださった法話の同時通訳を基に作成しました。

ブラザー・ファップニィェムは日本のみなさんのことも気にかけてくださって、ブラザー・サンライトに「この法話をぜひ日本の皆さんにも届けてほしい」と直接頼まれたそうです。「世界中が今こそマインドフルネスを必要としている。」とも。ぜひブラザー・ファップニィェムの想いのこもった法話、お読みください。

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「How to transform fear and violence. -Touching non-fear. The ultimate joy-
(どのように怖れと暴力を変容させていくか〜怖れなさ、究極の次元の喜びとつながる)」

タイプラムビレッジのダルマトークへようこそ。このように法話をライブストリームでオンラインでお届けするのは初めてです。これはある意味ではCOVIT-19のおかげであると言えます。それがなければこのような形を取ることはなかったと思います。ここの僧侶たちはシャイなので(笑)在家のサンガのみなさんが尽力してこのような形を取ることができたことに感謝します。

COVIT-19の危機的な状況の中で英語とベトナム語の法話を週替わりで交互におこないたいと思っています。ベトナム語の法話には後で字幕をつけてアップします。テーマは週によって変わり、Q&Aセッションも行う予定なので、もし聞きたいことがある人は質問をタイプラムビレッジまで送ってください。今後もこのようなことを続けていくことができると良いと思っています。

タイプラムビレッジからみなさんの平和を祈りたいと思います。病気への怖れで今世界中の多くの人々が不安定になっているかと思います。ここにいる私たち僧侶もそうです。センターは閉じているので今ここにいるのは僧侶だけです。今のところ私たち僧侶の間では誰も病気にはなっていませんが。タイの仏教大学に通っている僧侶や何人かのベトナムや海外から帰ってきた僧侶は今、離れたところにいます。私たちも感染しないように気を配っています。

予定されていたたくさんのリトリートがなくなって僧侶たちは残念で寂しがっています。英語を話す機会がないことも残念です。でもこの機会が自分に帰るという機会を与えてくれていると思っています。このトークは後ほどタイプラムビレッジのウェブサイトに載る予定です。今日はウィルスへの怖れをどのように変容させることができるのか、ブッダはどう暴力と怖れを変容させたのか、ブッダの経典にある知恵を今にどう応用できるのかについてお話したいと思います。私たちの命を脅かすような状況の中で、今こそブッダの知恵を応用する時です。

今日のテーマは「怖れのなさ、究極の次元の喜びとつながること」です。ここに一つの画像がありますが、どっしりと座っていますね。このようなイメージが助けてくれます。ブッダが死ぬ前に教えてくれたことは「自分自身を自分の島とする」ということでした。他の誰かや何かではなく、自分自身が自分の拠りどころとなるのです。

今は怖れや不安でどうしたらいいか分からない時かもしれません。家の中に閉じこもらなくてはいけなくて、僧院に行くこともできません。様々な思考や心配の中で迷子になり、病気で死ぬのではないかという怖れが自分の中で大きくなっているかもしれません。そのような時には「自分自身の島へと帰る」を実践するガーターが役に立ちます。自分に嵐がやって来た時にそれにどう向かうかということを教えてくれます。今世界中で困難が来ている時にこのガーター(偈=短詩)が助けとなります。
これは私たち自身の中の島=ブッダ、ダルマ、サンガに帰りなさい、というガーターです。

「自分自身の島に帰る。
ブッダはマインドフルネス、近くと遠くを照らしてくれる。
ダルマは私の呼吸、身体と心を守ってくれる。
私は自由。

自分自身の島に帰る。
サンガは五蘊、調和の中で働いている。
私は自分自身の島。自分自身を拠り所として自分自身に帰ってくる。
私は自由。」

本当の幸せとはなんでしょうか。それは私たち健康にしてくるものです。幸せは免疫機能の向上に役に立ってくれるでしょうか?生理学でも実証されていますが、喜びや幸せ、愛や慈悲が育まれることによって、免疫機能が強まることが今まで明らかになってきました。自分の中で怖れが大きくなり、免疫が働かなくなると病気になります。自分の中の免疫を高めてCOVIT-19に対抗することが大切です。今お年寄りが多く死んでいっているのは、お年寄りの方の免疫機能が弱くて働かないからです。若い人がそれほどCOVIT-19にかからないのは免疫が機能しているからです。かかっても影響されません。なぜ小さな子どもがかからないのかについては研究者たちが調べているところです。

この数週間の間、私はさきほどのガーターを一人で実践していました。歩いている時、お茶を飲む時、ベッドの上でなど。心の中でこれを唱えていると、自分が安定して揺るぎなく、落ち着いてリラックスすることができます。私たちの先生(タイ)はいつもガーターを唱えていて、これは一番のお気に入りでした。身体に困難があってもこの歌が助けてくれます。息を吸って1行目、息を吐いて2行目というように。呼吸をして、自分という自分の島へと帰ります。これを聞いたり唱えてたりすれば、イライラしている時や怒っている時に、自分自身に帰ることの助けとなります。声に出して歌うこともできるし、録音して聞くこともできます。

自分の6つの感覚(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・意識)を使って自分の中と外で起こっていることに影響されてしまい、様々な感情が起こります。感覚が色んなものに囚われてしまいます。そのような中でどのように立ち止まり、自分自身をリラックスさせて、癒していくかということがとても大切になります。私たちの中にはたくさんの素晴らしい種があります。どのように自分の中のマインドフルネスの種、集中の種、洞察の種にふれるかを知っていれば、困難な状況に打ち克つことができます。

自分を守るために政府や保健局など様々なところから様々なこと、アドバイスが助けてくれます。例えば、手を頻繁に洗うことやマスクをするなどのアドバイスです。でも、それだけでは十分ではありません。私たちマインドフルネスの実践者は、スピリチュアルに自分を強くして揺るぎない存在となっていくことも、この困難な状況を超えていくために大切です。私たちはダルマという教えの真理に出会うことによって、そのような状態になることができます。

ブッダ・ダルマ・サンガに立ち返る、帰依するということはどういうことでしょうか。このガーターは私たちの中のブッダ・ダルマ・サンガに立ち返るということを教えてくれています。

私たちの中にあるブッダとは目覚めること。マインドフルな呼吸が自分の中のブッダが目覚めることを助けてくれます。ブッダであるということはどういうことなのか、ブッダ本人については過去のことなので確実なことは言えませんが、経典が残っていて、「呼吸に帰る」ということを教えてくれます。マインドフルネスがあるところにブッダがあります。呼吸がそれを支えてくれます。そこに私たちを守ってくれる力が生まれます。マインドフルネスの光は、輝いて照らしてくれます。自分の内と外とを。光で照らすということは自分の中で起こっていることに光をあてることであり、自分の周りで起こっていることすべてを気づきの光で照らすということです。

自分の周りで一体何が起こっているのか、そこにある苦しみにも光を照らすことです。中にある苦しみと外にある苦しみにも共にです。マインドフルネスの光が灯るとそこに何があるのかに気づかせてくれて、どうしたらいいかに気づきをもたらします。不安や怖れやパニックが世の中にあふれ、人を圧倒するものがあり、人々は死を怖れています。マインドフルネスの実践者はそうではありません。自分自身に立ち返ります。

ダルマは、真理を意味します。ブッダは自分の家に帰りなさい、自分自身に帰依しなさいとおっしゃってくれています。呼吸によってマインドフルネス、集中、洞察といった種を目覚めさせます。それが、経典の中にあるダルマではなく、自分の中にあるダルマです。このような状況に日々向き合うことによって洞察が生まれ、色んなものの本質を見ることができます。苦しみや困難にも向き合えます。つまりダルマは呼吸、私たちの中のブッダはマインドフルネス。ブッダが私たちの内側が光輝く条件を作ってくれるのです。

誰でもみんな呼吸をしていますが、呼吸に気がつくことができると、自分の中のマインドフルネスが育まれます。マインドフルネスが強くなれば、集中力が高まり、洞察の力、智慧が生まれ、慈悲コンパッションが湧いてきて、苦しみが和らぎます。ディアパークで10年前にある若者に出会ったのですが、彼は苛立ちと怖れ、怒りを抱えパニックになっていました。私は彼の手をとって、静かに坐らせて、マインドフルな呼吸とともに、このガーターを唱えました。彼はリラックスして、1か月そこに留まりまる決意をしました。じつは彼の苦しみは、彼の妻が彼のお金をもって去っていってしまったものでした。マインドフルな呼吸によって彼の気づきは深まり、ますます穏やかになっていきました。プラクティスが、私たちを苦しみから助い出してくれます。私たちがやっていることが、はっきりとしてきます。それは自分の中の癒しのエネルギーをどう育んでいくか、ということです。

私たちの心の内が怖れやネガティブな思考でいっぱいになると、私たちの健康も損なわれてしまいます。身体が健康でないと心も健康ではないし、心が健康でないと身体も健康ではありません。健康であるためには、心と身体を「マインドフルな呼吸」によってプラクティスしていく必要があります。呼吸によって心と身体が「一つ」になります。呼吸に意識を向けた時には、心が不安でいっぱいだった状態から解放されて、バラバラだった心と身体が一つになります。自分の心と身体がバラバラではなく一つになると、自分の中で何が起こっているかが分かってきます。

ガーターの次の部分は…五蘊(身体、感覚、認知、心の形成物、意識)がサンガ、ということです。心配事や怖れといったもの、特に死ぬのではないか?という死への怖れがあり、COVIT-19に対してどうしていいか分からなくて、心の中で調和を保つことができずにバラバラになってしまうと、身体が弱くなってしまいます。マインドフルな呼吸をすることができれば心と身体を一つにすることができて、自分の中の調和と平和を取り戻すことができます。自分の内側が調和が取れた状態で平和であれば、人は幸せを感じます。怖れや不安や苛立ちから自由になるからです。そうでないと、心が弱っていき、身体も弱っていきます。

私たちの蔵識(アラヤ識)の中には素晴らしい智慧と経験が、すでにあります。とてつもない遺産を、私たちはすでに私たちの中に受け継いでいるのです。ですから私たちの中の蔵に帰ればいいのです。私たちの中のブッダに、私たちのことをケアしてもらいましょう。私たちの祖先に助けてもらいましょう。ブッダは私たちの精神的な先祖の一人です。このような状況の中でも、自分で何とかする必要はなく、自分の中のブッダ、祖先にケアしてもらえばいいのです。座ったり、横になって、静かにしていたら、それで十分なのです。

私もこの数週間の中で不調を感じることがありました。自分の心臓が穏やかに脈打っていませんでした。それを感じた時、私は休みを取り、自分の中の阿頼耶識(蔵識)に頼んで、私の中のブッダとサンガに働いてもらいました。いつもトライするたびにうまくいきます。呼吸をしながらリラックスします。でもマインドフルでないと、そのようにはなりません。私たちの祖先はこれまで数々の危険を経験してきました。それを生き残るための知恵は蔵識の中にぜんぶ種としてあります。ブッダの能力も受けついでいます。自分というものを軽く見てはいけません。それを働かせましょう。身体の中に、すでに癒しと変容の力が眠っているのです。息を吸って、息を吐いて、自分の島に帰ってくれば、それが目覚めはじめます。

何が起こっているかということに、過度に神経を向けすぎる必要はありません。私たちはテレビやネットでどうしたらいいかの対策を探します。しかし実は、怖れの種に水をやるような情報がたくさんあって、それに無自覚だと、テレビやネットは怖れを拡大してしまいます。過度な情報から身を守ることは大切です。何が起こっているのかを知ることは大切ですが、情報に圧倒されてしまい、怖れや不安、心配の種に水やりをしてしまうこととなってしまうからです。

そういうものに過度に影響されないことが大切です。息を吸って、マインドフルになる。息を吐いて、自分の内側に光をあてる。このプラクティスを毎日何度もおこなって、それでこの危機を乗り越えることができます。ですからこのガーターをぜひ読んでください。先ほどのガーターは「Harmony Song」と検索したらプラムビレッジのウェブサイトで見つけることができます。ぜひ実践してみてください。(こちらの2曲目 https://m.youtube.com/watch?v=r376tTqZh7U)

ブッダ・ダルマ・サンガは私たちの中にあります。私たちのマインドフルネスがブッダ。呼吸がダルマ。私たちの五蘊(身体、感覚、認知、心の形成物、意識)がサンガです。今は特に自分の外のサンガと共に集まることができずに、家の中にいなければならないかと思います。そのような時に、このガーターは非常に助けとなります。

これまで人類は多くの危機を経験してきました。人間がこれまで直面してきた危機は大きく言うと3つあります。それは、戦争、飢餓、疫病です。たくさんの人の命が失われてきました。これを克服するために人類は社会システムを発展させてきました。その人類の歴史に目を向けると、私たちのこの困難にどう向き合ったらいいのかも見えてきます。現在でも飢えで苦しむ人も、暴力に苦しんでいる人も、感染症で苦しんでいる人もいます。でも、昔に比べると、戦争も、飢餓も、病気で死ぬ人も少なくなりました。第二次世界大戦以後大きな戦争はありませんでした。黒死病は今ではなくなりました。人間はこれらの困難に対処する方法を学んできたのです。大惨事にならないようにするための方法を学んで、人類は食い止めることができるようになってきました。

21世紀になっても病気はあります。これまでも様々な病気がありました。13世紀の黒死病ではヨーロッパの人口の3分の1が亡くなりました。かつては天然痘が流行したこともありました。18世紀にキャプテンクックがハワイを発見したときにはそこにインフルエンザを持ち込んで、人口のほとんどが亡くなりました。スペイン風邪が流行って1500万人が1年で死んだこともありました。HIVやSARS、エボラ出血熱などの病気が近年にはありました。そして今流行っているのがCOVIT-19です。

これまでに約3万人の人が亡くなっていますが、過去の何百万人と死んだそれらの病気と比べると、私たちはそれに対処することができているということが言えます。今がどれぐらい恵まれているのかということも分かります。人類の命を奪ってしまわないように、みんながベストを尽くしているからです。病気が広まらないように、お互いを助けてウィルスが広まらないようにしています。インターネットなどを通してどのように対処したらいいのかを学んでいます。隔離を手伝うために名乗りをあげてくれたホテルもありますし、医者や看護師、薬剤師や研究者が患者を助けるために必死になって働いています。その人たちに深く感謝をしたいと思います。それらはすばらしい菩薩行です。感染者を助けようと、一生懸命働いてくれている人たちがいるのです。そういう人たちの努力によって、感染が一気に拡大しないように今踏みとどまっています。

マインドフルであるということは、今起こっていることに気がつくということです。経済も含めて色々なところに影響がでています。でも、心配しすぎないということはとても大切です。心配しすぎたらコロナウィルスの前に、自分が亡くなってしまいます。こういった人類の過去の歴史を今、私たちは学ぶことができます。こうして過去に起こったことを見つめてみると、私たちの祖先たちの働きのおかげで、今の状況は悪くないものだということが分かります。このような洞察の力で、パニックにならないことが大切です。

さらに、ブッダの教えにこのようなガーターがあります。

「すべての出来事は無常に移り変わっていく。
それらはすべて、生まれて、死んでいくことに基づく現象である。
生も死もなくなった時、完全な静寂(涅槃)が喜びとなる。」

永遠に続くものはありません。身体も、感覚も、意識も、自分の健康も、コロナウィルスも永遠には続きません。無常なのです。これが100パーセント正しい真理であることは、過去が証明してくれています。すべてのものごとは変化していきます。パニックにならないでください。すべてのものごとは…やってきて、留まって、去っていく。これまで過去すべてのことが、このように変化していきました。同じ状態が永遠に続くことはありません。この真理に気がつくことができれば、パニックにならないでいられます。でも、そうでないと、今ここにない事柄に囚われてしまいます。一旦危機に直面すると、この真理を忘れてしまうのです。一旦これを忘れてしまうと、心は不安や恐怖にさらわれてしまいます。特に「死への恐怖」は最も強い怖れです。

では、ここで一つ鐘の音を聞いて、自分自身に戻りましょうか。(鐘の音)

ブッダは最初の法話で、苦しみについて説かれました。すべてのものには苦しみというものがあって、それには原因があって、苦しみから幸せへの道があって、苦しみはなくすことができる。「四聖諦」です。それは生も死もないという、究極の喜びにまでつながっています。「生も死もない」というのは般若心経にも出てくる、「究極の次元」にある真実です。現象の世界では何かがやって来て、留まり、去っていきます。マインドフルであれば、6つの感覚器官(眼耳鼻舌身意)ですべてのものが無常であることを洞察することで、苦しみから自由になっていきます。

あるモナスティックが僧侶のためのQ&Aでダルマティーチャーに「もしあなたにコロナウィルスが来たらどうしますか?」と聞きました。すると聞かれた僧侶は「大丈夫。私たちはいつかみんな死ぬから。もしそれで死ぬことになったら、死ぬことを喜んで受け入れますよ」と答えました(笑)。大切なのは、怖れに圧倒されないことなのです。怖れの種が、私たちの中にはあります。私たちの行動や感じること、考えることはその怖れの種に影されています。それによって自分の気持ちが上がったり下がったりします。しかし、アップダウンを繰り返す波ではなく、深いところに潜っていくことができると、深海に潜っていくことができると、波はアップダウンしなくなります。

私たちは普段「生も死もない」ということの中では生きていません。でも、ものごとを深く見てみると、一瞬一瞬の洞察を得ることが可能となり、自分というものが「空」であることが分かります。そうすると自分の中に静寂、喜びが広がるのです。たとえ一瞬でもいい。それにふれることができると、波が静まって、目覚めを経験することができます。その状態を1日中キープすることができなくてもいいんです。たとえ一瞬でも、そういう深い洞察の要素とつながることができると、自分の中の静寂さとつながることができます。私というものはなく、あらゆるものとつながっているインタービーイング(相互存在)であることが分かります。すべてものは、それ自身が単独でで存在している、ということはありません。すべてのものはつながっているのです。ですからまた、私たちとCOVIT19もインタービーイング、つながっているのです。つまり、人間の活動が、COVIT-19が広がること自体と関連しています。しかし、私たちの免疫機能が強くなって克服することもまた可能です。私たちの祖先は、そのようにして乗り越えてきました。

なぜアジア人の方が死者が増えていないのかについて考えてみると、今まで蚊を媒体とするような病気にタイやベトナムなどアジアの方がかかってきたからではないでしょうか。ヨーロッパやアメリカではあまりそのような病気を経験していなかったので、病気に対する免疫がアジアほど強くないのではないでしょうか。私がフランスにいた時には、蚊に刺されて死ぬような病気というのは体験しませんでした。東南アジアにはそのような病気があります。なので、ヨーロッパなどの方が今大変なのではないでしょうか。

私たちの身体やシステムには、今起こっていることに対抗する力があります。だから、あまり私自身は心配していません。もし病気になって死ぬとしたら、死ぬ時は死ぬ時です。仕方がありません。幸いなことに、今のところ人類はこの困難に対して上手に対処していると思います。

私たちの中には心配や怖れや不安の種もありますし、同時に、平和や理解の種もあります。ブッダは私たちのことをよく理解していたので、具体的にプラクティスを授けてくれました。ブッダは「瞑想の対象として常に観察すべき5つの真理の教え」(「常習観察経」)というものを説いてくれました。

1.私は歳をとる。老いからは逃れられない。(老)
2.私は病気になる。病気からは逃れられない。(病)
3.私はやがて死ぬ。死からは逃れられない。(死)
4.今大切にしているものや愛する人びとはすべて変わりゆく。
  別離からは逃れられない。(愛別離苦)
5.私たちは体、言葉、心による行為の結果を受け継ぐ。
私の行為だけが継続していく。(因果応報)

その第1番目は「私は歳をとっていく性質である。歳を取ることからは誰も逃れられない。」(老)ということです。すべてのものは変化していきます。私たちはみんな年老いて死んでいきます。そのことによって若い人たちに場所を譲っていきます。何百年も生きていたら若い人はいつまでも入ってくることができません。だから年老いていくということは喜びでもあります。それが普遍的な真理です。あなたが望まなくても、歳をとっていきます。それが真実なのです。そうであるならば受け入れることが大切ではないでしょうか?受け入れることによって、平和で幸福になり、健康で居ることができます。それが薬になります。

自分の周りで起こっていることと戦おうとすると、希望を失ってしまいます。まず大切なことは「受け入れること」です。タイは受け入れるのことの大切さを説きました。そうすると平和を感じることができて、心が自然と落ち着きます。たとえば、癌になった人がまずは自分が死ぬ存在だということを受け入れられるようになると、そこに癒しが起こることがあります。ガンと闘っていただけでは、そこから癒えることはできません。呼吸に帰り自分が歳を取っていくという真実を認識することが大切です。歳を取るということは、避けることができない真実です。抑圧しないことが大切です。マインドフルではない消費に没頭したりして、ごまかさないでください。

息を吸って「自分は歳をとる」息を吐いて「歳を取ることは避けられない」とプラクティスしてください。身体の循環システムも大切ですが、メンタル面での循環システムも大切です。身体のどこかが滞留していると病気なるように、自分の意識がつまると病気になります。自分の意識を循環させていってください。若いままで留まろうと、大金をかけて化粧をする必要はないのです。

ブッダの第2番目の教えは「私は病を得る存在である。病気になることを避けることはできない。」(病)ということです。どんなに強くみえる人も病気になります。自分は病気にならないと思っているとしたら、それは幻想です。どんな人も病気になる。それもまた真理です。身体というものがある限り、病というものもあります。今を見つめてみてその時病気でないとしたら、そのことに喜びを感じてください。不安の種が大きくなると、やがて私たちの生活に影響を及ぼします。私たちの中には「病気になるかもしれない」ということへの怖れがあります。健康のために何かをしようとしてかえって健康を損ねてしまうこともあります。健康だと思っていても実は病気があることもあります。私自身が気づいていなくても、無意識のところで病が進行していることがあります。だからブッダは言いました。時に静かに座って「私は病を得る性質である。病になることを避けることができない。」それを心と身体で「受け入れ」て、見つめるプラクティスをすることが大切です。

そして、第3番目の教えは「私はいつか死ぬ。死ぬことを逃れることはできない」(死)ということです。すべての人は死にます。私たち出家者も。多くの人が死を怖れます。ここの僧侶でもそうです。彼らの多くはまだ若者で、人間だからです。私たち僧侶も怖れを抱きますが、それに圧倒されることはありません。COVIT-19についての隔離は私たちもしています。外国から帰ってきた僧侶は、安全が確認されるまでは、サンガからは離れた建物に住んでもらっています。それは現実に対処するためであって、怖れからではありません。死ぬということは現実です。私たちはその現実に直面しなくてはいけません。

私たちの中には阿頼耶識があり、自我に執着します。自我というものを生き残らせようといつも働いているのです。自分の「自我」というものを抱きしめて離さないので、死への怖れが大きくなっていきます。より心配して、より死を怖れるのです。

しかし私たちは自分の中にマインドフルネスによって、不安の種が大きくなっていることを無視せず、それを自分の内側に招いて抱きしめることが大切です。私たちの誰もが死ぬという現実。これを深く見つめてください。

私たちはまだCOVIT-19の犠牲者ではありません。そうなりたいとも思っていません。でも、すでにこの病気のために亡くなっている人もいます。それはある意味では、「私も死んでいる」ということが言えます。そして、死んでいく人も自分の中に招き入れて、自分と共に生かそうとすることが大切です。誰かが死ぬ時は、私の一部が死ぬということです。そういうものを完全に遮断して別のものとして見ないようにしてしまうということは、自然とつながっている循環を無視してしまいます。私たちは普段、死について考えると、怖れと苛立ちが大きくなって心を閉ざしてしまい、自分の中の喜びとつながることができなくなってしまいます。その結果自分を健康に保つことができなくなるのです。

「もしCOVIT-19にかかったらどうしよう」と考えて不安をふくらませることは意味のないことです。自分ができることをやりましょう。自分のケアをしてください。手放すということが大切です。怖れや不安は想像の産物です。恐怖が大きくなると、怒りも湧き上がり、誰かがウィルスを広めているのではないかと思って怒っている人も増えています。

僧侶の誰かが「このような人がこのウィルスを広めている」という話をしていたら、私はそのことについて話さないように勧めます。自分自身がどうやったらよりよく生きられるかということを話すようにとアドバイスします。様々なことは相関関係の中で起こっています。自分の考えや言葉ひとつで、状況を悪くしたり惨めにしたりしてしまうこともあります。そういった考えを手放して、今この瞬間に生きるということもできます。私たちの人生を、もっと喜びに満ちたものにすることが大切なのです。

ブッダが教えてくれた第4番目のことは「私たちの愛する者もすべて変化していく。彼らと別れることを避けることはできない。」(愛別離苦)ということです。すべてのものは変化していきます。だから現実を深く見て理解することが大切です。執着することはできません。手放すことができると、より深く生きることができます。そして今あるものに感謝することができるようになります。もし出家者が1人コロナにかかったら、僧侶の間にコロナウィルスが広まって、身体の弱い人は死んでしまうかもしれません。そういった心配というものがどんどん膨らんでいってしまうことには意味がありません。そういった「習慣のエネルギー」(習気)を手放すマインドフルネスが大事です。

私たちはさまざまな困難を抱えて、それにつかまってしまうことも多々あります。誤ったものの見方に囚われて、怒り、嫉妬、不安の感情に振り回されてしまいます。心配することをやめて、よく生きるという選択が大切です。気づきのない、忘却の中で私たちは「習慣のエネルギー」によって執着し、しがみついてしまいます。でも、マインドフルのエネルギーがあれば手放し、蔵識の中の良い種を育んでいくことができます。そのことによって「自我」への執着を手放すことが可能になります。

第5番目の教えは「自分のaction(行為)のみが自分の持ち物である。自分の行為だけが継続していく」(因果応報)ということです。行為には、行動(身)と言葉(口)と思考(意)が含まれています。今自分が何をするかという選択によって、これらから出てくるものが決まってきます。

私たちは目覚める必要があります。私たちの生活をマインドフルネスの光で照らす必要があります。今自分が何をして、何を思い、何を言うのかということについて、気づいている必要があります。シスター・クィニエムという70歳を超えたシスターがいるのですが、彼女は若いダルマティーチャーの集まりに参加する、と言ってくれました。みんなと分かち合う時間と友愛を大切にしているからです。そのような行動をとってくれたら、それは良い形で次世代へとつながっていくでしょう。大切なのは自分の中に、そうした強さと智慧があると知っていることです。自分の無意識の中にある、良い種に水をやり、育てていくことが大切です。そうしたら、すべてのことは上手くいくのです。そしてそれを可能にする力は、すでにあなたの中にあります。

今ここでどうやって、慈悲をもって、ポジティブに考えることができるか。平和と慈悲を自分の中で育てることができるのであれば、この人類の困難の嵐でも生き残ることが可能です。これからの人生で出会う困難も、乗り越えられます。そしてあなたが愛している人の苦しみも和らいでいきます。そうでない生き方をしたら、逆に、愛する人の苦しみも増えてしまいます。

プラクティショナーとして大切なのは相対的な真実(「歴史的次元」)だけでなく、「究極の次元」の真実を見るということです。自分自身と言う「我が家」に帰っていってください。生も死もない、命の流れの中に戻っていってください。生や死というのは概念にすぎないのです。「不生不滅」といいますが、その究極の次元につながるということ。何かは必ずやってきますが、また去っていきます。そのやってきては去っていく波の中で溺れてしまえば、犠牲者となってしまいます。

「この病気さえなくなればすべてが良くなる」と考える人もいますが、病気がなくなっても問題は将来また違う形でやってくるでしょう。問題の根っことどう向き合うか、ということが大切です。次代の子孫たちを助けるためにも、現在の状況を克服して、良い種をまくことが大切です。生や死という概念を手放すことができれば、怖れから自由になり、喜びを感じることができます。

今ここで具体的に、どういう風に行動していくかということ。どういう風に究極の次元にふれていくか、ということ。それらが、これからの私たちの法話のテーマになります。喜びの種にふれて、もう一つ深い次元へ、洞察によってつながっていく。それによって怖れに囚われないようになり、幸せと平和を手に入れて、今ここに生きられるようになります。その話はまたこれから、お話したいと思います。今日はこれで終わりにしたいと思います。

またお会いいたしましょう。
今日はライブストリームという、初めての試みでした。どうか今日のこの話が、しっかり皆さんに届きますように。(鐘3回)