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2020.04.09

商品紹介 編集部

日めくりブッダの聖地~スリランカ編~お釈迦様の教えとともに毎日を生きるために

日めくりブッダの聖地

~スリランカ編~

お釈迦様の教えとともに毎日を生きるために

 

『日めくりブッダの聖地~スリランカ編~お釈迦様の教えとともに毎日を生きるために』表紙

 

なぜスリランカなのか

 

昔、三島由紀夫は、人間にはインドに行ける人間と行けない人間がいる、ということをどこかに書いた。もっとも三島がインドに行ったのは1967年らしい、ようやく日本人が自由に観光旅行ができるようになって間もない時期のこと。含みはあったのだろうが、やっぱり「calling」の意味ではあっただろう。

 

今どきインドには行ける、少なくとも金さえあれば、少なくとも新型コロナ禍が収束したら。しかし私は思うに、スリランカに行ける人間と行けない人間がいる。なぜならそれは「calling」だから。現に、何年か前にイギリス人男性がスリランカへの入国が拒否された。理由は、お釈迦様のTATOOを入れていたから。かわいそうに。お釈迦様に人生をかけていなけりゃ、一生付き合う墨は入れないだろうに。(http://labaq.com/archives/51783991.html

 

そしてどうやら私もスリランカには行けないほうの人間らしく、まだ足を踏み入れたことがない。墨は入れていない、少なくとも身体には。その私がスリランカの日めくりカレンダーを担当した。憧れが作らせたとか言うとかっこいいけど、影がそのからだから離れないように、作るべくして作ったということでしょうか。

 

サンガではスマナサーラ長老のお力添えの下、たびたびスリランカツアーを開催している。2500年の時を刻む仏教聖地のみならず、現代の聖地であるスマナサーラ長老のお寺であるキリタラマヤマ寺院での瞑想修行もするという、これぞピルグリムというべきツアー。

スリランカの「calling」を受けていない私のような凡夫にも功徳をお裾分けしましょうということで、スリランカの日めくりカレンダーを企画したのでした。

 

スマナサーラ長老と関谷巖さん

 

カレンダーのお言葉は、もちろんスマナサーラ長老のお言葉。サンガで刊行した長老のご著書から、31の珠玉の言葉を抜き出しました。

そして写真は、弁護士であり、写真家の関谷巖さん。

関谷さんからお話を伺うと、スマナサーラ長老と関谷さんが不思議な縁で結ばれているのがわかる。もっとも長老の法話を聞いている人は、みんな縁で結ばれているのだろうけど。

 

関谷さんは四国巡礼を終えた後、心の師であった東大寺の管長だった清水公照師から、「海を越えた仏教を見てみたらどうですか」と導かれて、ミャンマーに行ったそう。

写真家としてミャンマーを訪ねるうちに、現地の人から、「ミャンマーの仏教はスリランカから来たんだよ」と教えられて、スリランカに撮影に行くように。

 

そして2008年、2回目のスリランカ撮影旅行の時、コロンボ行きの飛行機で隣の席に乗り合わせたのが、スマナサーラ長老。

日本語が上手ですね、と言うところで話が盛り上がり、名刺交換をした。

 

そのあと、2009年にサンガ主催のインド八大仏跡の旅に参加して、スマナサーラ長老の真剣な姿に触れて、テーラワーダ仏教への興味が本格的に出てきたとのこと。そしてその後、スリランカには10回以上渡航しているのだそうです。

関谷巖さん

 

関谷さんとスリランカの深き縁

 

関谷さんにはもう一つ、スリランカとの縁があります。

それは関谷さんの母校の慶應義塾大学の創立者である福澤諭吉先生。鎌倉円覚寺の管長を務めた釋宗演は、慶應大学の出身。福沢諭吉と親交があったが、福沢からスリランカに行くことを強く勧められ、渡航した。しかしスリランカから帰国した釋宗演はテーラワーダ仏教ではなく大乗仏教の道を進んでいく。釋宗演のスリランカ滞在がどのようなものだったのか。福澤諭吉はスリランカから強い影響を受けたというが、釋宗演は全く別の形でスリランカを体験したらしい。関谷さんはその謎に、いま深く分け入っているのだそうです。

 

今回はそんなスマナサーラ長老と、そしてスリランカと、深い縁で結ばれた関谷さんの写真を掲載して制作しました。関谷さんがスマナサーラ長老に案内されて訪れた寺院での写真も多く、仏縁の結晶と申せましょう。

(編集・川島)

 

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