編集部
日本のマインドフルネス、もう一歩前へ!/山下良道師講演会in紀伊國屋書店新宿本店
今回の紀伊國屋書店本店での講演会はとても成功だった。
整理券は満員御礼。山下良道さんの熱弁に大きく首肯する参加者の姿が目に付いた。

紀伊國屋書店新宿本店8階のイベントホールで開催された。

紀伊國屋書店新宿本店で購入した先着50名の熱心な読者を前に講演。
本を読むよりわかりやすいという言葉もちらほら聞いた。
本を編集した身としては、少々ショックだが、読者の感想なのだから、素直に受け止め自分の力不足を恥じる。
自分を恥じつつ言うのだが、時に山下良道さんの言葉はわかりにくいといわれる、また非難も浴びる。絶賛されるが、100人が100人絶賛するということはない。言葉を尽くしているが、その言葉に人がついて来れないことがある。一人の書き手としてみたとき、それは決して幸せなことではないだろう。
しかし山下さんを一人の宗教者としてみたとき、その言葉は宗教的体験から生まれてきている言葉なのだと、見ることができる。言葉は生き物だ。本人の中でも成長する。体験と共に言葉も変化していく。新しい環境が生じて、新しいデータがインプットされると、体験の質はそのままに、言葉の表層は変化していく。
だから山下さんの繰り出す言葉にはトレンドがある。その時々の自らの置かれた状況に応じて、言葉が生み出されてくる。
内山興正老師から受け継いだ、第四図・第五図という表現しかり、映画の比喩しかり、リリーフピッチャーにピッチャー交代しかり、青空しかり。
しかし言わんとすることは、変わらない。同じ事実を言っているのだから、変わるはずがない。

熱を帯びて時に立ち上がっての講演。

ホワイトボードで図説
* * * * * *
この紀伊國屋書店の講演会は、正味1時間という短い時間だったが、2つのテーマが語られた。
1.日本におけるマインドフルネスの現状と、
2.マインドフルネスとはいかなる事態であるのか。
じつはこの2つで、マインドフルネスをめぐる問題のほとんどをカバーできてしまうのではないかと思う広さだが、簡潔に整理して見せる手さばきは見事だった。
なかで注目すべきは、日本において宗教はダメなものだから、マインドフルネスは宗教と縁を切った、という問題提起だ。
そこから導き出される問い、
1.宗教は悪いものなの?
2.宗教と縁を切ってマインドフルネスは大丈夫なの?
この2つの問いかけに、山下さんの宗教者としての憂いと矜持が現れていると、思う。
普通、宗教と縁を切ったマインドフルネスを問題にすることは多い。
しかし、2番目の、宗教とは縁を切らなければならないそんな悪いものなのか?という問い。マインドフルネスの文脈で、この問いを発する人は少ない。少なくとも僕ははじめて聞いたと思う。聞いていたとしても言葉が落ちてきたのは、このときがはじめてだ。
ここに、山下さんの軸足が宗教にあることが、わかる。それは日本のマインドフルネスを考えるときにとても重要な点だとも思う。科学の文脈に乗ってマインドフルネスを語ることは、西洋近代の視点で語るということで、客観性もあり、受けもよいし、ある意味とても安心だ。
しかし、日本の伝統の中に、仏教が内蔵する世界認識の構造の中に、宗教体験としてマインドフルネスという事態がすでにあるのだという理解は、日本のマインドフルネスの道行に大切な道しるべになるものではないかと思う。
講演の中で山下さんは今のマインドフルネスを「ビギナーズラックの一時的な魔法」と表現して、マインドフルネスの効果を実感しているけど、それは「数ヶ月でさめる魔法」と言っていた。それがマインドフルネスとして逆輸入された仏教瞑想の現在ということだ。では「さめない魔法」とは何か。そのために、「日本のマインドフルネス、もう一歩前へ!」と山下さんは言うのである。

今、紀伊國屋書店新宿本店の3階人文書のコーナーでは、山下良道師の書籍と推薦図書が特集されている。
この講演をもとにして、大幅に加筆をしていただいた原稿を、この4月末に刊行予定の『別冊サンガジャパン4』に掲載予定です。どうぞご期待ください。
(編集 川島)
通販サイトより
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