社長ブログ(ほぼ毎週金曜日更新)
スリランカ――寒から暑へ
9割がマスク着用のスリランカ航空
スリランカ航空の機内は、ほぼ満席状態だった。
最近は、新型肺炎・コロナウイルスの
ニュースが流れない日はない。
そんな中で、妻の由美子は、
「飛行機の中が一番危ないから、
必ずマスクをするように」と言っていて、
マスクの束を渡されていたのだが、
案の定、僕はそれを
トランクの中に入れたまま荷物を預けてしまい、
機内でマスクをすることができなかった。
そして乗客の様子を見てみると、
ほぼ9割以上、マスクをしていたように思う。
マスクをしそこねた少数派の僕は、
マスクをしてない仲間を見つけて、
「こいつは偉い!」と、
妙な共感を覚えながら飛行機に乗り込んだ。
ブラッド・ピットの新作「アド・アストラ」を見る
コロンボまでの空の道のりは、
10時間と長いので、僕は本も持ってきた。
でも、いつもそうだが、読む気になれない。
なぜなら、車の中で読むのと同じで、
揺れるからである。
読むのに相当のエネルギーが必要だ。
はじめは寝ていたが、眠くもなくなって、
映画でも見ることにした。
機内では、ブラッド・ピットの新作
「アド・アストラ」をやっていたので、
それを英語で見たのだが、ストーリーも難しく、
わからないところがけっこうあった。
それでも結末はすごく面白かったので、
プライドが傷つきながらも、日本語に変えて、
もう一度、要点を見ることにした。
だいぶ時間が過ぎたが、到着まではまだまだだ。
「宗教についての妄想」で時間つぶしをする
隣の席は日本人の親子連れで
女の子は眠ってしまっていた。
僕の左脚の上に、
彼女の小さな脚が放り出されていたが、
僕は気にせず、そのままにしていた。
そして、時間つぶしのために、
今度は妄想することにした。
どんな妄想かというと、
キリスト教、イスラム教、そして仏教のことである。
ユヴァル・ノア・ハラリの著書
『21 Lessons—— 21世紀の人類のための21の思考』
でも触れられていたことだが、
キリスト教、イスラム教などの一神教は、
唯一の絶対神を信じ、
どちらも、信じる者は、死後、天国にいくと言っている。
それなのに、キリスト教徒は、
十字軍で多くのイスラム教徒を殺し、
自らの命を守ろうとした。
イスラム教の過激派は現在でも、世界中でテロを巻き起こし、
自分たちの考えとは違う考えを、
恐怖に陥れようとしている。
殉教したらどうせ天国に行くのだから、
そんなことをしてまで、
この現世を変えようとすることに
意味があるのだろうか?
そして、ここで僕が出した結論は、
「彼らはしょせん天国など、
本気で信じてなどいないのだ」
ということだ。
一方、仏教は、神を信じない。
仏教はヒンズー教とも違い、
そんな空想、妄想は抱いていないのだ。
仏教は神を置かないし、
仏教の要点は、
「この世が苦である」という事実に気づくことである。
その苦を、ごまかさないで、認識できなければ、
ブッダの説く涅槃には至れないのだ。
つまりブッダの言っていることは、
「智慧による方法論」であって、
信仰ではない。
そんなことを考えているうちに、
飛行機はコロンボ空港に到着した。
降りるときに、隣の親が、
「子供が迷惑をかけてしまって、すみません」と
声をかけてくれた。
スリランカのみんなからの熱烈な歓迎
空港につくと、例によって、
キリタラマヤ寺院副住職の
アチャラダンマ長老、
檀家代表のアトラさん
いつもガイドしてくれている
サラットさんが迎えに来てくれていた。
バスの中で、サラットさんはいきなり、
「スリランカでは、
コロナウイルスは心配ありません」と言う。
「中国人が一人、昨日まで入院していましたが、
今日、退院して、中国に帰りました。
もう心配ありません」
こともなげに言う。
僕は思わず、
「そんなこと言いきっちゃっていいものだろうか」
と思ったが、ぜんぜん気にしていないようだった。
もしこれが日本で、
観光ガイドがこんなことを言い切ったら、
それ自体、そうとう問題になると思うのだが、
まさに日本は、西洋的な価値観に、
ある意味、縛られ、
生きているんだなあと実感した。
その後、ホテルに到着すると、
例年のごとく、
ホテルの前に子供たちが集まっていてくれて、
そして、その母親たちも一緒に、
僕たちを一生懸命、歓迎してくれた。
〔スマナサーラ長老のキリタラマヤ寺院にて〕
スマナサーラ長老の募金で設立された小学校へ
日があけて2月21日。
今日はいよいよ、長老の募金で建てたという
小学校を訪問した。
スリランカでは、仏教の満月や、キリスト教の祝日、
ヒンドゥ教の祝日、イスラム教の祝日、
それらの日は学校が休みになるらしい、
今日は満月ではないから、イスラム教の祝日だ。
だから道は空いているのだと、カラットさんはいっていた。
新築の学校に行ってみると、
そこには校長先生をはじめ、全校生徒が待っていた。
まさに「テーラワーダ仏教日本人歓迎式典」だ。
日本人僧侶の唐津さんが、
たままたスリランカに来ていて、
小学校で会った。
そして、スリランカ国旗の掲揚、日の丸の掲揚、
それぞれの国家の演奏が行われた。
誰かが「君が代を聞くのは本当に久しぶりだ」
と言っていたが、そうかもしれない。
そして、いつも言われてる、
こんな感想も聞こえてきた。
「スリランカの子供たちは、本当にかわいい。
目がキラキラしている」
僕もはじめのころはそう思っていたが、今は多少違う。
一言で言うならば、スリランカの子供たちは、屈託がないのだ。
自分の感情に素直なのだと思う。
それに対して、
恥の文化の土壌で育った日本人の子供は、
「恥ずかしい」という気持ちが最初に出て、
感情を押し殺してしまうのである。
そういうふうにみると、
日本人の子供だって、結構かわいいやつらがいる。
熱いスリランカと、
そして、熱烈な歓迎に圧倒されている僕は、
結局のところ、人間は、同じなんだと思っている。
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