サラナ サラナ

 

ブラザー・サンライト 
【第6回】プラムヴィレッジでの僧侶生活〜戒律とマインドフルネスの日々〜「日本での気づき。『来日ツアー2019』を終えて」
facebook twitter

プラムヴィレッジでの僧侶生活〜戒律とマインドフルネスの日々〜【第6回】

日本での気づき。「来日ツアー2019」を終えて

 

日本の皆さま

こんにちは。

タイ プラムヴィレッジの、ブラザー・サンライトです。

「プラムヴィレッジ僧侶団 マインドフルネス来日ツアー2019」(4/27〜5/10)では、たいへんお世話になりました。

先日、コアスタッフたちによる「来日ツアー振り返りミーティング」がありました。私もインターネットで、タイ プラムヴィレッジから参加させていただきました。

2週間・6つのイベントが、内容的にもイベント的にも、いずれも素晴らしい成果をあげ、じつに実りある「来日ツアー」となりました事を、心より感謝いたします!

 

(各イベントのレポートは、プラムヴィレッジ日本サンガのHP「ティク・ナット・ハン マインドフルネスの教え」から読むことができます。ご興味ある方はコチラからどうぞ)

「プラムヴィレッジ僧侶団来日ツアー-Br日光によるレポート」

 

そしてプラムヴィレッジ(PV)来日ツアー後も、日本各地のサンガで行われている定期瞑想会(気づきの日)。こちらも、よりいちだんと盛り上がっている様子です。来日ツアー後の日本サンガ全体に、とても良い流れが来ているようですね!

 歩く瞑想 @富士山リトリート 5/3〜6 (参加者180名)。

 

私ブラザー・サンライトも、おかげさまで今回の「来日ツアー2019」では、思う存分エネルギーを出させていただき、この上なく充実した日々を過ごさせていただきました。

さらに来日ツアー後にも、京都、大阪、富士山、東京、沖縄の各サンガへとお招きいただき、楽しい時間をご一緒させていただきました。

 

来日ツアー後、5/11京都にて (撮影: 依田真由美さん)

 

 

歩く瞑想 @隅田川  5/23微笑みの風サンガ⭐️東京

 

歩く瞑想  @首里城を囲むウタキ(祈りの聖地)  5/25 沖縄サンガ

 

5/16私が育った大阪では、プラムヴィレッジでの僧侶生活や「マインドフルネス野口体操」を(大阪弁で!)紹介させていただきました。(撮影:ながい進さん)

 

 

そして、いま現在の私は…

タイ プラムヴィレッジに戻って、静かな「充電モード」に入っている…そんな感じです。

 

そんな中、6/16には、ひさびさ(と言っても2週間ぶり)にタイ プラムヴィレッジ外部のイベントへ出席させていただき、またまた大きな刺激を受けてまいりました。その日の朝には、出家式もありました。

そこで、この日のサンライト日記を抜粋しつつ、来日ツアー後の私の近況報告をかねて、以下にシェアをさせていただきたいと思います。今度の来日ツアーで私が得た「大切なもの」についても、書かせていただきました。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

サンライト日記

 

6/16(日)

午前3:00 起床。

朝1時間、自室で戒律の勉強をした。

未明のこの時刻。物音ひとつしない僧院の一室で、香を焚き、心静かに戒律や経典の精読をするのは、アラヤ識(潜在意識)へのとても良いお水やり…という感じがする。

 

4:45〜6:30 出家式

今までにない種類の、感動をもらった。(多分…今回日本に行って、私は変わった?)

私自身の出家式の後に体験した、これが3度目の出家式だったが…

後輩たちの髪にハサミが入る瞬間、

 

(ああ、ここから世界がハッキリと分かれるのだ…)

 

と思った。これは今回、日本に帰って私が得た、ある特別な〝気づき〟…

 

《オビクニさま&ソーエモンさん(※注)の領域は、世俗的な領域とはハッキリ違う「別次元」なんだ!》

 

という〝気づき〟があって初めて、意識にのぼってきた感覚だろうな…と思った。

 

※(注)ここで詳しく、解説いたします!

① 「オビクニさま」(お比丘尼様)とは約250年前に実在した私の先祖で、今なお地元では語り継がれている尼僧です。彼女は若かりし時…

自分を裏切った婚約者の祝言の席に乗り込み、その場で黒髪を切り捨てて、出家した、という。その後日本各地をめぐって修行したあと、静岡の水無し村へ水を引くため、山にトンネル水路を掘る(もちろん手で!)事業に生涯を捧げた。道半ばにして亡くなったが、他の僧侶によって事業は引き継がれ、トンネル水路は貫通した。現在でも、その水路が使われている。

 

② 「ソーエモンさん」(想右衛門さん)もまた、今なお語り継がれている先祖です。

約400年近く前…寛文7年のこと。日本全国を襲った大飢饉で、富士山麓にも何万人という餓死者が出た。そこで富士北麓19ヶ村を代表し、ソーエモンさんは何度も地元の代官所へ、年貢引き下げの訴えに出た。しかし全く、取り上げられなかった。そこでついに一大決心を固め、彼は嘆願書を書いて、江戸の将軍まで直訴に出た。ところが大罪人として捕縛され、浅草・小塚原処刑場にて打ち首となった。地元ではひっそりと、今でも彼を地蔵尊として祀っている。

 

③ 今回の来日ツアー後に行われた、5/25富士山サンガ「ブラザー・サンライトと過ごす《気づきの日》」の会場は、彼ら二人も祀られている富士吉田市の慈光院(サンライト=宮下家の菩提寺)で行われた。この時、プラムヴィレッジで出家後初の帰国だった私サンライトは、こう感じた。

 

『ああ、出家して初めて、彼らの気持ちが分かった! 今そんな気がするー!』

 

それは彼らとの「共感・共鳴」…とでもいうような、何とも言えない、不思議な感覚で…。言葉では、うまく表せない感覚だった。でもあえて言うなら、戒律を受け、日々実践していく中で初めて自分の内部から、ふつふつ沸きあがってくる「アチラの領域」で生きる!という決意…その共感と、共鳴…。

そして、それはまた…

『タイがおっしゃる《戒身》とは、このことか!?』

という直感にも、つながっていきました。

 

タイは数年前の出家式直後の法話で、新出家者たちに向けて、次のようにおっしゃっています。

 

「戒律が自由を奪うという考え方は、真逆です。反対に、戒律の実践こそ、真の自由を保証してくれるのです。たとえばお酒や薬物に自由を奪われ、我知らず奴隷化していることがあります。しかし戒律の実践とは、気づきの実践であり、そうした様々な習慣のエネルギー=奴隷化、自動化から私たちを解放し、私たちの《自由のゾーン》を確保してくれるのです」

「こうした洞察はたいへん重要です。この洞察により、戒律の実践は他からの強制などでなく、内なる喜びを生み出すものへと変わります。そしてこの実践を共にする仲間と一緒に戒律を唱えることで、自分の中の《汚れなき、自由な身体》に気がつく時、大きな幸福感がやってきます。それがあなたの《戒身》です」

「《戒身》は目には見えないエネルギー、不可視の身体です。それは私たちが美しく、生き生きと生きていくための、原動力なのです」

戒身…

 

その時、私は私自身の《戒身》を通して、タイや、オビクニさま、ソーエモンさんらとも、直につながっている…そんな直感が働いたのです。それが先にも述べた「戒律を受け、日々実践していく中で初めて自分の内部から、ふつふつ沸きあがってくる『アチラの領域』で生きる!という決意…その共感と、共鳴」というような、何とも不思議な感覚だったのです。

 

そういう意味では、私はタイ プラムヴィレッジから来日ツアーへ出発するまさにその直前(連載第3回)、ここに書き記した言葉を修正するような体験を、今回日本でしてきた…と言えるかもしれません。

あの時、私はここで

「なぜ、日本の仏教は、戒律を失ってしまったのだろう?」

という問いに結びつけて、さらに、次のような疑問を書き記しました。

「なぜ日本では、タイのような存在が出なかったのだろう?」

 

けれども今、私はこう感じています。

 

「タイのような存在は、かつて、私たち日本人の御先祖の中にもいた。そして彼らは今でも、私たちの中に生きている」

 

歴史の表舞台には出てこない、名もない、そうした御先祖さまたちはきっと、たくさんいたに違いない…今の私は、そう感じます。

「アチラの領域」で生きる!ことの決意…をじっさいに貫き、そのように人生を生き抜いていった、私たちの先人たち。目には見えない、不可視の身体、そのエネルギー…《戒身》を、私は感じます。

 

これは私が今回日本への初帰国で得た、とても大きな気づきの一つでした。

 

(ちなみにソーエモンさんは、東京浅草のとあるお寺にも、ひっそりと祀られています。そこを今回PV僧侶団がツアー前日に訪れ、お参りしてくれました。その時の感動のレポートは、コチラで読むことができます)

https://m.facebook.com/

 

つづきは第7回へ