サラナ サラナ

 

ブラザー・サンライト 
プラムヴィレッジでの僧侶生活 〜戒律とマインドフルネスの日々〜第4回(最終回)「日本仏教とプラムヴィレッジの相互対話」
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連載第4回(最終回)

日本仏教とプラムヴィレッジの相互対話

 

戒とタイ。「二つの問い」について

 

ここタイ プラムヴィレッジでの私の出家生活は、まもなく2年になるところです。

おかげさまで、ここでの生活は毎日とても幸せです。

しかし……親兄妹、親しい友人とも離れ、住みなれた町、祖国からも離れ、たった一人の日本人として200名ものベトナム人僧侶の中に入って、「毎日とても幸せ」とは! ベトナム語もまったくできないというのに!? 自分で言って、自分で驚いています。

日々マインドフルネスのトレーニングを積み重ねていくうちに、ネガティブなことに目が行くよりも、身の回りには小さな幸せがたくさんあることの方に、目が行くようにはなってきました。

「You have enough.」

これはタイがよく書にかかれた言葉ですが、「今ここに与えられているものだけで十分に、幸せ」そんな感じがしています。

タイの書です

 

プラムヴィレッジで出家する前、私は日本の神社の神主をしていました。同時に、日本の臨済宗の坐禅を十年間、かなり真剣に修行していました。そんな私が今ここで、率直に思うのは……

「なぜ、日本の仏教は、戒律を失ってしまったのだろうか?」

プラムヴィレッジでの実践=マインドフルネスの土台は、戒律です。戒律を抜いて、私たち僧侶の人生は成り立ちません。これはプラムヴィレッジだけの話ではありません。

事実上戒律のない仏教は、世界広しと言えど、日本の仏教だけです。そこに私は日本文化特有の、他に類をみない、「究極のオリジナリティー」も感じます。悪いことばかりではないと思います。けれども、またそれと同時に、あるとても大きな「死角」のようなものも感じるのです。

「なぜ、日本の仏教は、戒律を失ってしまったのだろう?」

この大きな疑問は、先に紹介した私のもう一つの大疑問点と、どこか深い場所で、結びついているようにも…私には感じられるからです。

 

「なぜ日本には、一人のタイも出なかったのか?」

1966年。ベトナム停戦を訴えるキング牧師とタイ。

 

 

戒の力。「鋼鉄の強さと、圧倒的な慈悲」について

 

ごく最近、一法庵御住職の山下良道師が、御自身とマインドフルネスとの出会いについて書かれた、興味深い文章と出会いました。山下師にとってマインドフルネスとの出会いとは、他ならぬタイとの出会いであったのです。

以下、『「禅×マインドフルネス」であなたの雑念はすっかり消える』(集英社)という師の御著書より引用させていただきます。

 

アメリカにいた時、本の中でのみ知っていたそのティク・ナット・ハン師に、日本に戻ってきてから、不思議な縁で、実際にお会いすることになりました。それは1995年4月のこと。どういうタイミングかおわかりですね。地下鉄サリン事件によって、日本中がパニックになり、恐怖で打ち震えていた時でした。特に、宗教に関わるものにとって、宗教の中から出てきたテロリズムに直面するという、非常に辛い時期でした。

『「禅×マインドフルネス」であなたの雑念はすっかり消える』(集英社)より

 

この「非常に辛い時期」について、さらにこうも表現されています。

 

地下鉄サリン事件により、私は日本の宗教界は、すっかり焼け野原になったと感じていました。……あの教団が、日本の宗教者全員の喉元に突きつけた問題を解かない限り、もう一歩も進めない。

 

そのとき、事件以前から計画されていた予定にしたがって、ティク・ナット・ハン師が来日され、ほぼ一ヶ月にわたり、日本各地で講演会、リトリートをされました。その専属通訳が藤田一照さんだったので、便宜を図ってもらって、少人数でお会いすることができました。我々、日本仏教に関わる者たちの窮状を、直接訴える機会があったのです。

実際のティク・ナット・ハン師は、これまで会ったどのお坊さんともまったく違う雰囲気の方でした。小柄で痩せた身体の中に、鋼鉄の強さを秘めている。でもそれは単なる強さではなく、とてつもない慈悲とともに。こんな方は初めてでした。

日本の仏教者たちが置かれた窮状を静かに聞いておられた師は、これからどうするべきかを話されました。

『「禅×マインドフルネス」であなたの雑念はすっかり消える』(集英社)より

 

ここから先のお話は、より具体的に語られている山下師の「ティク・ナット・ハンのマインドフルネスと仏教3.0」(『サンガジャパンVol.19ティク・ナット・ハンとマインドフルネス』所収)という文章からの引用に移行させていただきます。

 

参加した日本の若いお坊さんたちが発言を始めました。皆さん異口同音に、今の日本の仏教がどんなに絶望的な状態かという、その個人的な経験の話を次々とされました。…タイは『そうか、そうか』とずっと聞き役になられて、最後にようやく話し始めました。マインドフルネスをしっかり瞑想しなさいとでも言われるのかと思っていると、思いもかけないことを話し始めました。会場の殆ど誰もが予想もしなかったこと。いったいタイが何について話しているかさえ理解できなかったこと。

タイは日本仏教がまずやらなければいけないのは、具足戒の復活だとおっしゃったのです。具足戒????

タイの口から飛び出した『具足戒』という言葉と、あの時会場にいた我々の口がぽかんと開いた状態との対比。いまでも鮮明に覚えています。私自身、口がぽかんと開いたままでした。まったく情況がつかめなくて。

具足戒とはいったい何なのか? それを復活する意味とは?

……しかしタイの提言はあまりにもラディカル過ぎたようで、『具足戒復活』の話は、そのまま消え去ってしまいました。

「ティク・ナット・ハンのマインドフルネスと仏教3.0」より

 

山下師は、初めて会ったタイの印象を、「鋼鉄の強さ」と「とてつもない慈悲」と述べられています。

そして「こんな方は初めてでした」と。

私もまさにその通りだ、とタイについて感じます。

脳梗塞の後遺症で、言葉と半身が御不自由になり、車椅子生活を余儀されている、現在92歳のタイについて……。

そして、今そのように大変な境遇におられるからこそ、なおさら「鋼鉄の強さ」「とてつもない慈悲」というタイの存在そのものが、長年に渡るマインドフルネス実践の成果なのだということも、私(たち)には感じられます。

タイは今でも毎日、いや毎瞬、マインドフルネス・トレーニングを続けておられます。そのお姿は、言葉は一つも出なくても、まさに生きる法話(ダルマトーク)です。

 

私はここタイ プラムヴィレッジで約2年間、タイの真近かで生活をさせていただくという大きな幸運に恵まれました。本当にたくさんの気づきの光、マインドフルネスのエネルギーを与えていただいたと思います。

そして昨年11月。タイはここタイ プラムヴィレッジを離れ、約40年ぶりに故郷ベトナムの本山・慈孝寺へと永住帰国を果たされました。このニュースは、世界中を駆けめぐりました。

故郷、ベトナムの本山・慈孝寺に帰られたタイ

 

タイはベトナムへの永住帰国を果たされました

 

 

リトリート。「日本仏教とプラムヴィレッジの相互対話」について

一方、今から24年前。

オウム真理教事件が起こった1995年当時。

まだ日本では、具足戒も、マインドフルネスも、ましてや戒律とマインドフルネスの深い相関関係などは誰一人として、理解することのできないテーマでした。つまり我が国において、それらは完全に「失念」され、「死角」となっていた問題なのでした。この歴史と伝統のある仏教国、日本で。

 

……当時のタイの前に集まった我々もこのような認識はありませんでした。なので、タイから具足戒の復活を告げられてもまったくぴんとこず、何を話していらっしゃるのかさえわかりませんでした。……普通日本の僧侶の方は自分たちの教団の外にさえ行かず……自分たちがグローバルな視野から見たらどうなっているのかを知る機会はまったくないのです。その結果、タイの渾身の日本仏教変革のための提言が、見事に空振りに終わったというのが、一九九五年の現実でした。

「ティク・ナット・ハンのマインドフルネスと仏教3.0」より

1995年5月1日。京都茂庵にて。若き山下良道・藤田一照両師のお姿も見られます(写真提供: 島田啓介氏)。

 

あれから24年後の、ちょうど同じ5月――2019年5月8日〜10日。

私ブラザー・サンライトを含むプラムヴィレッジ僧侶団12名が、神奈川県にある曹洞宗大本山・總持寺にて、

「日本伝統仏教者のためのマインドフルリトリート~日本仏教とプラムヴィレッジの相互対話~」を行います。共催してくださるのは、全日本仏教青年会。

2泊3日の私たちのリトリートを貫く全体テーマは、

「仏教における〈原点(オリジナル)のマインドフルネス〉」

 

24年かかって、ようやくタイが見抜かれた日本仏教の根本テーマに、私たち日本人自身の手で、光を当てられる時がやってきたのだと思います。

これは24年前のあの京都での集会にも匹敵するような、そんなリトリートになりそうな気がします。

以下に、その詳しい内容をお知らせさせていただきます。

 

日本伝統仏教者のためのマインドフルリトリート

 

ゲストに藤田一照・蓑輪顕量 両先生をお迎えしての特別プログラムは、

「日本仏教におけるマインドフルネス」

「仏教の戒律・サンガと、マインドフルネス」

についての、レクチャー&ディスカッションです。

 

現在、世界の様々な分野で流行を見せている「マインドフルネス」。日本でも、主に仏教色を消し去ったものが広がっています。けれどもマインドフルネスは元来、伝統的な仏教の瞑想法。「マインドフルネスの父」ティク・ナット・ハン師は、仏教オリジナルのマインドフルネスを世界に伝え、大きな影響を与えました。今回はその教えを実践するプラムヴィレッジ僧侶団12名と、日本伝統仏教者たちが相互対話を行いながら、お互いへの理解を深め合う、たいへん貴重な機会となっています。

「なぜ日本の仏教からは戒律(具足戒)も、ともにそれを実践するサンガも、消えていったのか?」

「そのような日本仏教における〈原点(オリジナル)のマインドフルネス〉とは、何か?」

そして更に、

「戒律・サンガと密接に結びついた仏教における〈原点(オリジナル)のマインドフルネス〉とは?」

總持寺の朝課に参加しながら、プラムヴィレッジの僧侶たちと一緒に瞑想し、学び、対話し、体験をしていく、2泊3日のリトリートです。

 

日本仏教の抱える大テーマを見すえながら、いま世界に影響を与えている「仏教瞑想マインドフルネス」について、深く、その本質に迫りたいと思います。

 

リトリート

 

《日時》2019年5月8日〜10日    《会場》曹洞宗大本山總持寺

 

《特別プログラム・レクチャー》

 

①「道元の禅・無心のマインドフルネス ~その理論と実践~」

講師: 藤田一照 先生(前曹洞宗国際センター所長)

 

②「仏教における戒律の問題と、マインドフルネスの意義」

講師: 蓑輪顕量 先生(東京大学人文社会系研究科教授)

 

③「戒律、サンガ、マインドフルネス・トレーニング(気づきの練習)の密接な関係について」

講師: ブラザー・ファプチャック (プラムヴィレッジ・ダルマティーチャー)

 

⭐️「日本伝統仏教者のためのリトリート」です。参加者には僧侶の方が多いですが、仏教徒であるという意識のある在家の方々のご参加も可能です。是非一度ご連絡ください。

 

  → お申し込み・お問い合わせはコチラから: http://www.jyba.ne.jp/activity/workshop/retreat.php

 

本リトリートへの御参加のお申し込みを、心よりお待ちしています。

 

 

主催/全日本仏教青年会・プラムヴィレッジ招聘委員会

協力/曹洞宗大本山總持寺・公益財団法人仏教伝道協会


後援/世界仏教青年連盟(WFBY)

 

 

【プロフィール】

ブラザー・サンライト(俗名:宮下直樹 みやした・なおき)

1964年、富士山麓の古い神社の家系に生を受けるが、フジヤマ織りの会社を営む父の仕事で、大阪に生まれ育つ。大学で東京に出て、竹内敏晴、野口三千三と出会う。彼らの元で身心ワーク(竹内レッスン、野口体操)に開眼。仲間たちと独自の身心ワークの探求(虹の会)を開始。大学院(フランス文学研究科)での研究テーマは「リアリズムとは何か」。この頃、富士山麓の神社の宮司となる。その後、坐禅の本格修行に入って10年間、臨済宗の専門道場に通参。2012年8月、東京八王子のミニリトリート(東京サンガ主催)でプラムヴィレッジの「マインドフルネス」と出会う。2013年、ティク・ナット・ハン師を日本に招聘する活動を開始。その後、仲間たちと「微笑みの風サンガ☆東京」「プラムヴィレッジ招聘委員会」を立ち上げ、毎年「プラムヴィレッジ僧侶団マインドフルネス来日ツアー」を実現。2016年、2017年と、タイ プラムヴィレッジで「三ヶ月間出家プログラム」を二度体験後、正式出家して、沙弥となる。2019年4月末、「来日ツアー2019」でプラムヴィレッジの僧侶となって初来日する。

 

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私と世界を幸福で満たす食べ方・生き方怒り怖れ和解ブッダの幸せの瞑想【第二版】今このとき、すばらしいこのときティク・ナット・ハンのマインドフルの教え