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2017.07.13

webサンガジャパン

ティク・ナット・ハンの軌跡 その2「生い立ち~入門僧時代」

第一部
出生から出家、そして修行僧時代(1926~1962)

生い立ち

ティク・ナット・ハン(釈一行)は、1926年10月11日中部ベトナムの省都フエ(順化)の郊外に生まれ、愛情深い家族と、ふたつの河と多くの橋がある水の豊富な環境に育てられた。まだベトナムがフランスの植民地だった時代である。

幼名をグエン・スワン・バオといった。9歳のあるとき、たまたま手に取った仏教雑誌の表紙の坐禅するブッダの絵に深い感動を覚えたことが、彼の最初の宗教的な体験になった*3。

草の上に座り微笑む安らぎに満ちたその御姿は、少年の心にその人のようになりたいという情熱を芽生えさせた。また12歳のときの遠足で、グループからはずれて隠者が隠れ住むという庵を探すうちに、清らかな泉を見つけ深い安らぎを体験する。

世界でもっともおいしい水を味わったというその体験の直後、彼は同級生に出家するという希望を伝えた。「このとき種が蒔かれたのです」、とタイはのちに述懐している。

父はフランス支配下だったベトナム王国軍の将校であった。大変仏教信仰の篤い人物で経典や鐘をそろえてはいたが、自らは多忙ゆえにそれらを活かすことはかなわなかった。タイは父のためにも自分が仏教を実践できてよかったと語っている。

母親は女の子を生んだあと、タイの前にひとりの子どもを流産している。子どもに対して大変愛情深い人で、タイ自身が4歳のころ、母親が市場からクッキーを買ってきてくれた思い出は、忘れがたいものとして法話でも語られている。この逸話は、のちにクッキーを慈しみながらていねいに食べる瞑想に結びつく。

「母を想うバラを胸に」という小冊子は、初来日(1956年)した際の母の日のエピソードと母親との切ない思い出について語り、ベトナムで200万部以上が読まれた。

姉が結婚し、グエン少年も出家のため家を離れることになったとき、彼は必ずしも喜ばしき選択ではなかったと苦しんだそうである。これについて、選択することは困難であり成長のためには苦しみを選ばざるをえないこともあると、タイは振り返っている。

56年タイが30歳のとき母親が亡くなったが、「私の人生における最大の不幸の日がやってきた」というほど悲しみにくれた彼は、母の無条件の愛をその後の著書や法話の中でブッダの慈悲にたとえている。

彼にとっての「すばらしいバナナ、最高の米、サトウキビ」であった母を失った喪失感は長く続き、死後4年たって、ようやく母は常在するというはっきりとした認識に至る。

「これは哲学的な思惟ではありません。この身に起きた真実でした*4」

 

*3 オプラ・ウィンフリーのインタビューでも語られている。
*4 『禅への道 香しき椰子の葉よ』(春秋社 2005)、1962年12月の日記より。

 

入門僧時代

1942年、16歳のとき、グエン少年はフエ市郊外にあるベトナム臨済正宗柳館派のトゥヒュウ(慈孝)寺で、チャン・タット(真実)師のもとに得度を受け沙弥(入門僧)となった。

あの泉の水を口にしたときから4年たっていた。彼は師より “Thick(釈)Nhat Hanh(一行)” という得度名を授かる。

釈は釈尊の弟子の一族に加わったしるしであり、出家共通の「苗字」である*5。また名にあたる一行は 、ひとつの行いの意で、一度にひとつのことに専念するという禅の教えにもとづく。

僧院では漢語での仏典の学習、公案、坐禅など、伝統にそった修行が行われていたが、すでに西洋式の教育を受けてきていた彼は、現実社会とのずれを感じさせる型にはまった修行内容に不満をつのらせる。

一方で禅寺特有の厳しい作務の日々は、坐禅などの静的な瞑想だけでなく、あらゆる場面で気づきを活かす日常の瞑想の基盤となった。

またこの時期に師から授かった、日常の正念(マインドフルネス)修行の指針を偈ガーター(仏教短詩)で示した「毗尼日用切要(びににちせつよう)」は、こんにちよく知られるようになった彼の様々なオリジナルの偈(『今このとき、すばらしいこのとき』)の原型となるものだ。

沙弥時代に、部屋に出入りするときのマインドフルネスを指導されたというエピソード*6がある。

言いつけられた用事を済ませて気がゆるんだ彼の荒い振る舞いを師に指摘され、「歩く瞑想でドアに近づき、マインドフルにノブに触れ、扉を開けて出て行く」こともまた大事であると、つねに気づきを保つことを教えられた瞬間である。

 

*5 よく言われる上人や尊師のような尊称ではない。
*6 『リトリート ブッダの瞑想の実践』(野草社)p.70

 

 

執筆:島田啓介(ゆとり家

(つづく)その3

【バックナンバー】その1

 

本記事は、『サンガジャパン19号』からの引用です。

サンガジャパンvol.19「ティク・ナット・ハンとマインドフルネス」