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2017.08.09

webサンガジャパン

ティク・ナット・ハンの軌跡その10「アメリカでの活動の高まりと瞑想センターの建設、広がるサンガ~ベトナム帰国の実現と大きな反響」

第5部  多分野への活動の拡大(2000~現在)

2006年9月、ビバリーヒルズのペニンシュラホテルにて、ダライ・ラマ法王14世とともに9.11の追悼を行う。

アメリカでの活動の高まりと瞑想センターの建設、広がるサンガ

1990年代に入ると、アメリカにおけるタイの講演やリトリートのツアーはより活発になり、ベトナム帰還兵、医療関係者やソーシャルワーカー、教育者、受刑者、エコロジスト、ビジネスマン、警察官や政治家まで、その対象はますます広がっていく。そうした中で、フランス国外にも僧院とリトリートセンター設立の機運が高まった。

1997年バーモント州に僧の居住するメイプルフォレスト僧院と、98年尼僧の居住するグリーンマウンテン・ダルマセンターが建設された。1998年、プラムヴィレッジ本体を統括する統一仏教教会(UBC)のアメリカ支部として、非営利の宗教団体UBC, Inc が創設され、シスター・アナベルがその代表に指名された。

アメリカでは、すでに1980年代半ば有志によって『コミュニティ・オブ・マインドフルリビング』というサポート団体が結成され、タイのアメリカツアーのオーガナイズやサンガ活動の促進、著作物のほとんどを発行する『パララックス・プレス』の運営、年に3回発行するプラムビレッジの公式ニューズレター『マインドフルネス・ベル』の発行などを担ってきた。1990年代終わりから、それらの活動は他の僧院の運営とともにUBC, Inc のもとに統合されている。

2000年、カリフォルニアのエスコンディードの山中400エーカーの広大な土地に、『ディアパーク僧院』が建設された。ここは、僧と男性の居住するソリディティ集落と、尼僧と女性のためのクラリティ集落とからなる。常住する出家者は20余名である。

これらの僧院の生活は、フランスのプラムヴィレッジと同じく、日々の瞑想や作務、外部から参加者を受け入れてのリトリートや、タイのツアーなどがある。小規模ながらテーマ別のリトリートも多く行われ、カップルや家族、ティーン、エコロジスト、教育者などを対象にしている。

ミシシッピー州で、瞑想を実践する在家グループによって建設された『マグノリアグローブ僧院』は、2005年正式にプラムヴィレッジ系列の瞑想を行う僧院として認められた。居住する出家者は10数名で、週末や季節ごとのリトリートを行う。前記のメイプルフォレスト僧院とグリーンマウンテン・ダルマセンターは、2007年にニューヨーク州に建設された『ブルークリフ僧院』に統合された。

20数名が居住する僧院では、週末や季節ごとのリトリートのほかにもベトナム帰還兵向け、家族、若者、人種別、教育者、医療者、カナダのサンガ向けなど、様々な瞑想会を開催している。これら3つの拠点を中心として、アメリカでは世界最大のサンガネットワークが築かれている。

現在定期的に瞑想会を行っているローカルサンガは世界で1,000か所以上、その半分がアメリカに集中していると言われる。日本でも近年、数か所で定期的な瞑想を行うサンガがある。

 

ベトナム帰国の実現と大きな反響

2005年、タイはついにベトナム政府の招きで約40年ぶりに帰国し、3カ月滞在した。その裏には、ベトナムが世界貿易機構(WTO)に参加する条件として、民主化をはかる必要に迫られていた事情がある。ティク・ナット・ハンの帰国を国際的にアピールしたい政権の目論見がそこにはあった。

100人の出家者と一般人の主要なサンガメンバー合わせて190人を伴ったこの旅で、タイは北、中央、南ベトナムのいくつかの寺院を訪問し、講演を行い、ベトナム語で書かれた著書を何冊か発行した。どこでも何千人という聴衆が集まり、多くの人びとがその教えに惹かれた。この旅によって、かつてタイが修行していたトゥヒュウ(慈孝)寺とバットナー(智慧)寺が再興され、タイは両者の僧院長に任命された。

トゥヒュウ寺では約100名の僧が、隣接するデュニェム寺には40名の尼僧が居住するようになった。バットナー寺は、タイのベトナム不在期間もプラムヴィレッジの実践を続けた僧院長が守っており、このときのテコ入れによって、居住する出家者は300名以上まで増加した。これらの僧院は、ベトナムにおいてプラムヴィレッジの瞑想を取り入れ修行する拠点になる。

ドイモイ以来、ベトナムでは急速に西洋化が進み、若い世代は仏教を過去のものとみなし始めていた。政権も仏教への干渉が強く、教えは形骸化していた。帰国によってもたらされたタイの教えは新鮮で、多くの知識階級の若者たちを引きつけたが、同時に政権にとっては脅威となっていく。

 

2014年4月、スペインのバルセロナにて路上の瞑想フラッシュモブを行う。

 

2007年には再びベトナム行きが実現。100人ほどの出家者と70人の一般人の弟子を伴っていた。ベトナム行きの目的は何より、40年間留守にしていた祖国の同胞に、現代社会に通用する実践的な仏教を伝えることにあった。

今回はそれに加えてベトナム戦争の犠牲者を悼み、遺族の心の傷を癒すことが大きな課題だった。3か月にわたった2度目の
訪問では、リトリート、講演、儀式などを行った。瞑想会場には人があふれ、10,000人以上が集まったという。

このツアーの中心は、北のハノイ市、中央のフエ市、南ベトナムのホーチミン市の3か所でそれぞれ3日間かけて行われた、ベトナム戦争犠牲者のための大規模な追悼法要であった。これは追悼を超えて、ベトナムの歴史で続いてきた苦しみを癒す集合的な祈りだとタイは述べている。

このときタイは大統領と会見し、仏教界への抑圧を解くことと、宗教警察の解散などを要請している。翌2008年には大統領に、公式文書で前年の会見内容を再度要請。またイタリアの記者会見において、ダライ・ラマを支持すると表明した。

こうした中で2008年のハノイで行われた国連のウェサク祭にゲストスピーカーとして招かれる。この3回目の訪問時には、プラムヴィレッジの実践を継承するバットナー寺は3,000人を収容できる瞑想ホールを擁し、境内も3倍に拡張して大寺院の風格を見せていた。そこでタイから得度を受けた者は、500名にのぼる。

しかし、タイのリベラルな言動とあまりにも急速な影響に危機感を抱いた政権は、2008年内にバットナー寺から居住者を駆逐し始め、2009年には警察まで投入して長老格の僧侶を拘束し、他の者は地方へと追いやられた。弾圧はその後も続き、ベトナムにおけるプラムヴィレッジの伝統にもとづく実践は、その後現在に至るまで公には行われていない。

 

執筆:島田啓介(ゆとり家

(つづく)

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本記事は、『サンガジャパン19号』からの引用です。

サンガジャパンvol.19「ティク・ナット・ハンとマインドフルネス」