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2017.09.01

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ティク・ナット・ハンの軌跡その12「新たな教えと実践の展開~終わりなき継続の道へ」

新たな教えと実践の展開

プラムヴィレッジから発信される活動にも、近年新たな進展が見られる。二〇〇八年、若者を中心とする「ウェイクアップ(Wake Up)」というムーブメントを開始。とりわけ若い世代にマインドフルネスの実践を広め、健全なコミュニティを培うことにフォーカスした自由なグループ活動は、世界各地で新たな若いサンガを育て始めている。

二〇一〇年には、「応用倫理(Applied Ethics)」プログラムを世界各地で開始。教師が学校でマインドフルネスの実践を教える際の養成プログラムであり、宗教的な枠を超えて学べるものだ。各地のセンターで、これらのプログラムはすでに提供され始めている。教育者に特定したリトリートが近年行われるように、子どもや若者に対する教育的アプローチがとくに重要視されている証拠である。

一九五〇年代より伝統的な仏教制度の改革に積極的だったタイは、近年とくに、仏教の用語や儀式や出家者などをめぐる様々な様式の改革にも積極的に乗り出している。そのひとつが、二〇〇三年韓国滞在中に発表された世界的にも非常にまれな僧・尼僧の戒律の改訂*23 であった。

これは二一世紀向けに十四のマインドフルネス・トレーニングやプラムヴィレッジの生活をもとに戒律をアップデートしたもので、形骸化した儀礼や行動規制を大きくはずし、解放と変容のために役立つガイドラインを新たに設けている。大いに物議をかもす出来事であったが、プラムヴィレッジの出家者の、他の教団のそれとは大きく違った様子を見ればうなずけるだろう。

リトリートで頻繁に演じられる歌や演奏、横たわっての瞑想や抱き合いの瞑想、オープンな分かち合いのサークルなどは、タイの教えの自由さを象徴している。初期仏教の瞑想の基本的経典である「アーナーパーナサティ・スッタ」や、「サティパッターナ・スッタ」を礎としながら、テーラワーダや大乗のあらゆる経典を取り入れ、さらに心理学や医学、社会科学などから西洋の智慧を積極的に取り入れてアップデートし続けるタイの教えとプラムヴィレッジの実践の展開は、とどまるところを知らない。

最近の大きなニュースは、般若心経の一部をより誤解のないように改訂*24したことである。また、ティプ・ヒエン教団の根本的なガイドラインである十四のマインドフルネス・トレーニングや五つのマインドフルネス・トレーニングも、今まで何度も改訂されている。

この一〇月には、プラムヴィレッジの出家者が作務をしやすいように、服飾デザイナーに協力を要請した。そこには、驚いたことに僧・尼僧向けの水着の制作まで含まれている。

タイの創造力と挑戦は今もとどまることを知らない。そのエネルギーは、確実に次世代の弟子や瞑想の実践者の中に受け継がれている。「私はいつもサンガの中にいます」との言葉通り、一人ひとりが目覚め、行動をはじめる時代はすでに開かれているのだ。

*23  詳しい改変の内容は“Freedom Where We Go—A Buddhist Monastic Code for The 21st Century” Parallax Press 2004

*24  プラムヴィレッジのサイト内「New Heart Sutra translation byThich Nhat Hanh」(http://bit.ly/1uMWcQD)参照。

 

終わりなき継続の道へ

インド北部で生まれた仏教が長い年月を経てアジア各地に広まり、およそ千五百年前に日本にもたらされた。いまや生活のすみずみまでその影響は浸透している。しかし世俗化した反面、本来の教えと実践が現代生活に必ずしも生かされてはいないようにも見える。

二十世紀以降仏教は宗教の枠を超え、倫理、心理、教育、社会運動、ビジネスなど広汎な分野に影響を与えてきた。それは、現代の諸問題に対処するのに、すぐれた具体的な智慧と方法を提供できたからと考えられる。

宗教一般が日本でネガティブな意味で俎上にあげられるのは、「信」の側面においてであったろう。その点で現代における宗教の立場は難しくなっている。様々な問題が錯綜する社会の中で、信だけでは一般人のニーズに対して有効な手立てを提供できなくなっているからかもしれない。

仏教の教えが新たに受け入れられるとすれば、それは今ここの現実に目覚め、正気で取り組んでいくための指針となる「覚」に光を当てることによってだろう。実践をすることが大切でそのためには必ずしも仏教徒になる必要はないという発言が、最近著名な仏教指導者の何人かから聞かれる。それは長年にわたる宗教間の確執や誤解を超えて、ブッダの教えの真髄を汲み取り、万人がその恩恵にあずかってほしいという願いとも受け取れよう。

ティク・ナット・ハンが説くマインドフルネスは、実践仏教の核ともいえる概念であり、行動の軸だ。パーリ語のサティ(正念)を源とし、タイが創出したわけではないが彼によって広く知られるようになった、国際仏教のキーワードともなるべき言葉である。

マインドフルネスを核として、生き、教え、広く活動してきた彼が、どんな歩みを経て今に至ったかを振り返ることは、禅僧ティク・ナット・ハンを知るためにはいうまでもなく、行動する仏教(エンゲージド・ブディズム)の実践者、仏教学者、科学者、教育者、セラピスト、詩人など、多くの顔をもつ彼とその影響をさらに深く探索していくための指針となるはずだ。

それによって、仏教がこんにちの世界にどのような貢献を成しうるかについて、一歩進んだパースペクティブが与えられるかもしれない。そして人間やあらゆる存在にとって、宗教の枠を超えた展望が開かれてくるだろう。(了)

 

2013年4月タイ国のバンコックでの法話のあとで撮られたポートレート。ティク・ナット・ハン師86歳。

 

 

執筆:島田啓介(ゆとり家

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本記事は、『サンガジャパン19号』からの引用です。