社長ブログ(ほぼ毎週金曜日更新)
僕の選んだ仏教書ベスト5
カリスマブックコンシェルジュ・三砂慶明さんからの質問

右手奥:三砂慶明氏 撮影:濱崎崇
昨日はサンガ会議の日だった。
そのちょうど終わりの頃、
三砂慶明さんが東京オフィスを尋ねてくれた。
三砂さんは五十嵐の大学時代の同級生で、
なおかつ、梅田・蔦屋書店の
カリスマブックコンシェルジュということもあり、
ときどき東京オフィスに来てくれる。
三砂さんは『サンガジャパン32』にも
「「人はなぜ瞑想するのか」
人間の苦悩の本質とむきあう本」
というブックレビューを寄稿してくれた。
そして昨日、三砂さんは僕に、
「仏教書のベスト5は何ですか?」と質問した。
それも、「スマナサーラ長老の本を除いて」
という条件つきだった。
急に言われると、あまりパッと出てこないものだ。
そこで今日、あらためて考えてみた。
第5位 鈴木大拙
昔読んだ仏教書といえば「般若心経」だ。
昔は毎朝毎朝、読んでいた。
しかしこれは、厳密には「本」とは言えないかもしれない。
そこでまず、第5位として挙げたいのは、鈴木大拙だ。
僕は学生時代に、鈴木大拙の本をけっこう読んでいた。
彼の禅に対する考察は、
知的で論理的で、なおかつ精緻で、
僕はかなり深くはまり込んでいたように思う。
僕がアメリカに留学したとき、友人の姪から
「鈴木大拙、知ってる?」
と聞かれて、
「ああ、やはりアメリカではそんなに有名なんだ」
と驚いた記憶がある。
これは後で知ったのだが、
鈴木大拙は浄土真宗にもけっこう関心があったようだ。
また、奥さんが神智学者だったこともあり、
キリスト教にも深く造詣を示したらしい。
僕は評論家の加藤周一の本も何冊か読んで、
けっこう好きだったが、
加藤周一が晩年にカトリックの洗礼を受けたというのを知って、
「なぜこんなにすごい人々が、
その晩年に何かに頼らなければならなかったのか」
と、僕はけっこう衝撃を受けた。
早い話、不安なんだと思う。
死への恐怖、不安。
反対にマザー・テレサは、
その精力的なキリスト教的活動にもかかわらず、
最後に「神に会えなかった」と言ったらしい。
結局人は、未知に不安がり、
「空」や「無」を理解できないでいる。
しかしそのこと、すなわち「空性」を体得できれば、
不安や恐怖もなくなる。
第4位 中村天風『研心抄』(天風会)
第4位は、
アイスクリーム製造会社「しまかげ」を
経営していた時代に何回も読んだ、
仏教書とは言えないが、中村天風の『研心抄』である。
まだ本格的に仏教を前面に出すには早すぎると思っていた僕は、
天風会と言う会に入り、
そして会社経営にも通じるものが多い
中村天風の人生ともあいまって、
彼の本を読んでいた。
その中でも、『研心抄』は、
天風流の心と人生を説く作品として、
一番の愛読書だった。
第3位 増谷文雄[翻訳]『阿含経典』〈1〉~〈3〉(ちくま学芸文庫)
第3位は、増谷文雄[翻訳]の『阿含経典』だ。
そのころ、川島がこの本を読んでいて、面白いと言うので、
僕もそれを借りて読んでみた。
実際にとても面白く、
そして当時から、初期仏教の経典を
忠実に訳した人がいたことにも驚かされた。
第2位 中村元『[新版]宗教の思索と実践』(サンガ)
第2位は、中村元の『宗教の思索と実践』である。
この本は、彼が原始仏典の研究を始めたころに書かれた本だ。
後年の大成する中村先生からは想像できない
若いエネルギーと希望がはたはたと伝わってきて、
すごく面白い本なのである。
第1位 「因縁の教え―順観―」「因縁の教え―滅観―」、「歓喜の言葉」
第一位は、本ではないが、経典の一節である。
「因縁の教え」の「順観」「滅観」、そして「歓喜の言葉」だ
-
因縁の教え ―順観―
無明に縁って行が生じる。行に縁って識が生じる。
識に縁って名色が生じる。名色に縁って六処が生じる。
六処に縁って触が生じる。触に縁って受が生じる。
受に縁って渇愛が生じる。渇愛に縁って固執が生じる。
固執に縁って有が生じる。有に縁って生が生じる。
生に縁って老、死、憂愁、悲泣、苦しみ、悩み、落ち込みが現れる。
このようにして、このすべての苦蘊の生起がある。 - 因縁の教え ―滅観―
無明こそが滅することに縁って行が滅する。
行が滅することに縁って識が滅する。
識が滅することに縁って名色が滅する。
名色が滅することに縁って六処が滅する。
六処が滅することに縁って触が滅する。
触が滅することに縁って受が滅する。
受が滅することに縁って渇愛が滅する。
渇愛が滅することに縁って固執が滅する。
固執が滅することに縁って有が滅する。
有が滅することに縁って生が滅する。
生が滅することに縁って老、死、
憂愁、悲泣、苦しみ、悩み、落ち込みが滅する。
このようにして、このすべての苦蘊の滅がある。 - 歓喜の言葉
無数の生涯にわたり、あてどなく輪廻をさまよってきた、
―――― 家の作者を探し求めて。
更に更にと、生まれ変わるのは苦しいことである。
家の作者(渇愛)よ、汝の正体は見られたり。
汝が家屋を作ることはもはやあるまい。
汝の梁(煩悩)はことごとく折れ、
家の屋根(無明)は壊れてしまった。
形成するはたらき(行)から心は離れ、
渇愛を滅ぼし尽くした。
(法句経 153,154偈)
「因縁の教え―順観―」「―滅観―」、「歓喜の言葉」は
『[新装版]ブッダの日常読誦経典[完全版 CD BOOK]』にも収録されている。
僕は熱海の合宿で、初めてこのお経に触れたとき、
「仏教はこれですべて語られている」と思った。
もちろん僕は覚ってはいないが、
覚りとはこれらの言葉を、心底、腑に落ちることにある。