サラナ サラナ

 

じんくみ 
そして退院へ――私の病とマインドフルネスその5
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退院が近づく

3日間×2回のステロイド治療を終えて、いよいよ退院が迫ってきた。感覚が違っていた右足も、元のように正常に温度を感じられるようになってきた。触った時の感覚も、左と同じようになってきた。シャワーを浴びる前に、水を出した時にその冷たさを感じて「これは水だ」と分かる。それってなんてすごいんだろう。

 

今までは水があるから冷たいと感じる、お湯があるから温かいと感じる、とだけ思っていた。でも、そこに水があっても、それを自分の身体が正常に感じることができなかったら、それが水であるということが分からない。入院前、私の右足は水をお湯だと感じていた。自分の身体の中の繊細な仕組みが、様々な働きによって上手く機能していて、それで初めてそこにあるものが冷たいか温かいかが分かるんだな、と思った。お湯をちゃんと温かいと思えるのは、そう思えるように身体が機能してくれているから。自分の身体って、私が知らないところでこんなに働いてくれていたんだな、と思う。

 

あらためて「歩く」を見直す

タイのプラムヴィレッジに行ったときの歩く瞑想

歩くってことだって、様々な機能がちゃんと働いてくれているから初めて可能になる。腰が支えてくれて、足の筋肉があって、脳が「足を動かそう」と思ったことを神経がちゃんと伝えてくれて、そうやって初めて一歩を踏み出すことができる。「5年後には歩けなくなっているという可能性もあります」と主治医に言われた。自分の免疫が自分の脳を攻撃するかもしれない、と。足を動かすための指令を脳から出すことができなければ、歩けなくなる。歩けるって、本当にすごいことなんだな。

 

私は病院の廊下を一歩一歩、歩きながら感動していた。タイ(ティク・ナット・ハン師)が「マインドフルネスの奇跡とは、水の上を歩くことではありません。この大地の上を歩くことが奇跡なのです」とおっしゃっていたけれど、それは本当なのだと実感した。今歩けるということ。自分の身体の様々な働きによって、歩かせてもらっているということ。それは、なんとすごいことなんだろう、と思った。「歩けることが奇跡なんです」って、自分がこの病気にならなかったら、本当にはわからなかったな。

 

退院前夜

退院がいよいよ翌日に迫ってきた夜、私は「学校に帰ったら、管理職や他の先生たちになんて説明をしたらいいだろうか」と考えて、「この病気はどんな病気なんだろう?」ということをネットで調べ始めた。するとそこには、病院や研究所が出している情報もあるけれど、そうでないものもある。お医者さんが出している研究成果なのか「こういう病気で、こういう進行をしていく。このようなことが起こる可能性がある。」と書かれているものもあって、それを見ていると最初は悪くなくても再発を繰り返して悪化していくということが少なくない割合であると書かれていた。薬を飲んだら確率は半分ぐらいになるけれど、だからなくなるという訳ではない、と。「医療ニュース」のような記事では「最近この病気になる若い人が増えている。それはこんなリスクのある恐ろしい病気だ。その病気で41歳で亡くなった外国の有名人もいる。」と書かれていた。

 

すると急に怖くなる。死ぬことはないと思っていたけれど、悪化していく可能性もあるし、死ぬこともあるのか。(後でよく調べてみたら、亡くなった方がいたのは1987年のことで、今では大分医学が進歩してそういうことはあまりないらしい。でも、その時すぐには冷静に見ることができなかった。)今まで入院していて心穏やかでいたのに、ネットを見たら急に私の中の不安が煽られている。自分の中の不安や怖れの気持ちが強くなっている。

 

私は、その気持ちに気がついて、自分と一緒にいることにする。不安な気持ちがある。いいよ、そこにいて。そこにいてオッケーだよ、と語りかける。自分の心のリビングルームに、不安や怖れの気持ちを招き入れる。

 

そして、自分の中のマインドフルネスもそこに呼ぶ。ポジティブなエネルギーたちも。

 

「静けさや穏やかさもそこにありますか?」と自分の中に呼びかける。

 

「ここにいますよ」と答えてくれる。

 

「愛と平和は?」

 

「ここにいますよ?」と答えてくれる。

 

「生きる喜びは?」

 

「ここにいますよ。」と答えてくれる。

 

みんなここにいてくれたんだね。私の心のリビングルームには、怖れや不安がいた。でも、マインドフルネスも、静けさや穏やかさも、愛と平和も、生きる喜びもいた。みんながいてくれれば大丈夫。みんなで一緒に呼吸をする。落ち着いてくる。そのまま、座る瞑想をする。さらにもうちょっと、心が穏やかになった。

 

それまでそんなに怖れや不安を抱いていなかったのに、ネットの情報にふれたらそれまでは小さかった怖れや不安が大きくなってしまった。自分の中に何を入れて、何を入れないかって本当に大切だな、と思った。タイはこれを「選択的水やり」と呼んだ。自分の中にある不安や怖れも、喜びや幸せも、それがあるからには何か外側から栄養を入れている。怖れや不安が大きくなるのは、怖れや不安の種に水やりをしているから。私は今回ネットでの不安を煽るような記事を読んで、怖れの種に水やりをしてしまった。ネットでこのことを調べることは、自分の中の怖れに水やりをすることなのだと気づいたから、これからは気をつけよう、と心する。ネットには色んなものがあるから、便利なこともあるけれど、不安になるような情報もある。専門の先生に聞いて、自分がちゃんと入れたいと思う情報を選択的に入れた方がいいな、と思う。

 

退院の朝『ブッダの幸せの瞑想』を読む

翌朝は『ブッダの幸せの瞑想』の「怒りなどの強い感情を世話する」の部分を読んだ。そこにはこうあった

 

「どんな悲しみや怒りや失望が現れても、あなたはそれに取りくむ力があります。怒りも失望もあなたの一部なのですから、闘うことも抑圧することもやめてください。それはあたな自身への暴力になります。強烈な感情の嵐がやってくるたびに、静かに坐って背筋をのばし、呼吸と身体に戻り、すべての感覚の扉を閉めきります。

人間には目、耳、鼻、舌、体、心の六感があります。あなたが苦しみのもとだと思う一行の文章、一つの文字、一つの行い、一つのニュースでも、目にしたり、聞いたり、考え続けるのはやめましょう。自分に戻り、呼吸をとらえてしっかり見つめ、吸う息、吐く息から離れないことです。大洋の荒波にもまれる船の舵をけっして離さない船長のようになってみましょう。

…すべての思考をやめ、ひたすら呼吸をたどりましょう。こう思ってください。「私は今まで多くの嵐を経験してきた。嵐はいずれやむ。永遠につづく嵐はない。今の心の状態もやがて去る。すべては無常である。嵐は嵐でしかなく、私はその嵐ではない。そのさなかでも安全な場所がある。嵐にはけっして私を傷つけさせない」。このように考えてそれを忘れなければ、あなたは自分自身の主導権を握り始めています。あなたはもう感情の嵐の犠牲者ではありません。

嵐にもまれる木のこずえを見ていると、その木全体が今にも飛ばされてしまいそうな気になります。しかし幹や根元にめをやれば、たくさんの根が大地の奥深くにもぐりこんでいるのがわかり、木はしっかり立っているから大丈夫だと思えるのです。おへそのすぐ下にある丹田というエネルギースポットは、木の根と同じです。あなたの意識をその下腹部に置き、思考や見るもの聞くものによって意識がこずえに押し上げられてしまわないようにしましょう。そうして5分から15分ぐらい、息と下腹部だけに集中し、感情がすぎゆくままに呼吸の実践をします。感情の嵐が去れば、あなたには自分を守る力があり、その嵐をやり過ごすことができるのだとわかります。そして自身がつき、怖れがなくなるでしょう。感情の嵐がやってきて姿を現しても、自分を守る方法を見つけたあなたは深い安らぎがあるのです。」

(『ブッダの幸せの瞑想 ~マインドフルネスを生きる―ティック・ナット・ハンが伝えるプラムヴィレッジの実践 第二版』pp.175-176)

 

そのあとしばらくの間、呼吸にかえってベッドの上で座っていた。そして、ベッドの上で大地にふれる瞑想をした。

 

最初は大地にお願いして、自分の不安や怖れなどのネガティブな気持ちを受け取ってもらう。大地がただ、ありのままに、どんな気持ちも受け取ってくれていることを感じる。大地は差別をしないで、どんな気持でも温かく受け取ってくれる。

 

そして、スピリチュアルな祖先たち、ブッダやタイやダルマティーチャーたちが私を導き、支えてくれていることを感じる。私は無力でも、精神的な祖先の力を借りて、揺るぎなさと共にいることができる。私は一人ではなく、スプリチュアルな祖先たちが共にいてくれる。

 

さらに、私を支えててくれている周りの人たち、家族や友人、サンガの仲間のことを思う。彼らが私をただ支え、大切にしてくれていることを。私を大事にしてくれていること。そのエネルギーを心を開いて受け取ることができますように、と大地に祈りながらふれる。私の中にあたたかなエネルギーが流れ込んでくる。

 

具体的なプラクティスがあることが私を支えてくれる。どんな毎日にも微笑んで生きていきたい、と思う。たとえそれが、自分の望まないようなことであったとしても。これからも、プラクティスとサンガを拠り所として人生を歩んでいきたいと思った。呼吸がいつもそばにいてくれるってなんてありがたいんだろう。

 

退院後の日々

その後、退院してからの日々は、日常生活にあるたくさんの「当たり前」に感謝し喜びを感じられる時間となった。目が覚めて、自分が家にいること。手足を動かせること。温かさを感じられること。一歩一歩、歩けること。家族といること。ご飯を美味しく食べられること。

 

前と同じように健康ではない。身体は疲れやすくなっている。前よりも外に出歩くことは少なくなった。再発するかもしれないというリスクは、いつもある。

 

でも、私はやっぱり、今の方が病気になる前より幸せだって言える。生きていることは素晴らしいんだってわかったから。自分が生きていることをどれぐらい愛おしいと思っているか分かったから。「当たり前」だと思っていたことが当たり前ではなく、奇跡のようなことなんだってわかったから。命に限りがあることがわかって、生きていることもよりクリアになったから。

 

マインドフルネスは本当に苦しい時に人の助けになってくれる、ということもよく分かった。病気になって人生の危機的な状況になった時に、心を安定させることの支えとなってくれた。マインドフルネスは本当に効果があるんだ、ということを自分で身をもって確かめることができた。そしてそれを人に伝えていきたいという気持ちも強まった。

 

人生には限りがある。大事じゃないことをやっている暇はない。私にとって大事なことは、人と関わること、人の苦しみを聴くこと、大事だと思うことを伝えること、平和のために生きること。奇跡のような当たり前の日々を大切にすること。そういうことのために毎日を使って生きたいと思った。自分の人生でやりたいこともはっきりしてきた。

 

人生は続く。いつまでも、若くて健康ではない。「早く、元の元気な自分」に戻ることはできない。それはそれでいいのだ。すべてのものは変化していく。それでも、何かを失ったら、代わりに得るものがある。苦しみに気づいたときに、見えてくる新しい景色がある。

 

マインドフルネスの光が、それを助けてくれる。

(つづきます)

 

「私の病とマインドフルネスその1」は【コチラ】

「私の病とマインドフルネスその2」は【コチラ】

「私の病とマインドフルネスその3」は【コチラ】

「私の病とマインドフルネスその4」は【コチラ】

「私の病とマインドフルネス番外編」は【コチラ】

 

 

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