サラナ サラナ

 

じんくみ 
父が亡くなったときの話 後編
facebook twitter

不幸と決めつけないで

私の父は私が中学1年生の春に亡くなった。父はその時46歳だった。

 

周りの大人たちに「可哀そうに」と言われた。

 

私は「可哀そうに」と言われることが嫌だった。

 

それはまるで、「あなたは不幸な人間だ」と決めつけられているようで。「私は幸せだけど、あなたは不幸だ」と決めつけられているようで。(今ならそういう意味ではないと分かるけれど、その時はそのようにしか受け止められなかった。)

 

どうやって決められるのだろう。「あなたは不幸だ」なんて。「可哀そう」だなんて言われたら、死ななければならなかった父が一番可哀そうになってしまう。勝手に決めないで欲しい、と思っていた。「可哀そう」だなんて言われたくなかった。

 

私たちは死ねば不幸になるのか? みんなが死ぬのに? みんな最後は不幸で終わるのだろうか? 死ぬことは不幸なことなのか? そんなことを思っていた。

 

「死=不幸」ではないはず

私は思った。死ぬことは不幸なことではないはずだ。だってみんな、いつかは死ぬのだから。何歳で亡くなったか、ということで不幸か幸せかは測れないはずだ。だって、あんなに幸せな日々があったのに。あんなに父は私たちのことを大事にしてくれたのに。死ななければならなかったことで私たちが不幸になるなんて、誰に言えるだろうか。父が亡くなったことは、私を不幸にしたりしない。そうじゃなければ、世界中の誰もが不幸になってしまう。誰だって、大事な人を亡くすのだから。私が幸せなのか、不幸なのかは私に決めさせてほしい。私が「可哀そう」なのかどうか、あなたには分からないでしょ、と思っていた。私に「可哀そうに」という周りの大人たちに対して。その言葉にすごく反発した。

 

だから、元気なようにふるまっていた。お葬式でも泣かなかった。泣いているところを誰かに見られたくなかった。お葬式の翌日には学校に行った。家にいてもすることもなかったから。早く「日常」に戻りたかった。何かをしている方が気が紛れて楽だった。

 

最初は気を遣っていた友人も、明るく笑顔で振るまっていたら、私の父が亡くなったということを(少なくとも表面上は)忘れた。私は、熱心に勉強をして、部活をやって、生徒会にも入った。毎日笑っていた。最初は心から笑えなかった。1か月たって、自分が自然に笑っていることに気がついて、そのことがショックで一人で泣いた。もう心から笑えることなんてなかと思っていたのに、人間ってまた笑えるようになるんだなって。

 

学校では元気に明るくふるまっていた。友人もいたし、部活も楽しかった。でも、友達と父の死について話すことはなかった。その話をしたら気まずくなると思っていたから。友だちに気を遣わせるのは嫌だったし、きっと友達も何て言ったらいいか分からないだろうと思ったから。だから、何も言わずに笑顔でいた。

 

「死ぬとはどういうことなのか」と毎晩考える

でも、夜中に一人で考えていた。半年ぐらい毎晩のように考えていた。考え始めるとよく眠れなかった。ただ一人でひたすら考えていた。

 

生きるということは何なのだろう。死ぬということはどういうことなのだろうか。どうやって生きていったらいいのだろうか。生きる目的とは何か。どうやったら自分が死ぬ時に納得がいくのだろうか。答えのない問いを毎晩考えていた。

 

一つ思ったのは、死ぬことがあるから、生きることがあるということ。命に終わりがあるから、生きるということが存在しているということ。だから、死ぬことはやっぱり悪いことじゃない。

 

これからどうやって生きていったらいいのかについても考えた。どうやったら納得して生きられるだろうか。どうやったら納得して死ねるのだろうか。

 

一つ考えていたことは、父が生きている時にどうして父がいることを当たり前だと思っていたのだろうか、ということだった。なぜ生きている時にもっと大事にできなかったのだろうか。「死ぬ」ということが目の前に現れて初めてその大切さに気がついた。どうして、あんなに大事な人が生きていることにそのことに気がつかなかったのだろうか。父が病気の時、「病気の父がいて不幸だ」と思っていた。どうしてその時に、病気だとしてもそこに生きていてくれる父がいることをありがたいと思えなかったのだろうか。

 

そのことをよくよく考えてみると、人間って自分にあるものに気がつかないんだな、と思った。父が生きていることを当たり前だと思っていた。そこに生きているのを。そこにいてくれるということを。だからそこにいてくれるということに感謝もしなかった。日々をただ「あたりまえ」だと思ってたんだ。

 

自分にあるものを見る

私はもう二度と大切な誰かを失ってから「もっと大事にすればよかった」と思うことは嫌だと思った。「どうやって生きていったらいいか」を考えた時に、自分にないものではなく、自分にあるものを見たいと思った。

 

父は亡くなったけど、母はまだ生きている。兄と妹もいる。私には目があって、見ることができる。足があって歩くことができる。自分にあるものはたくさんあるのに、そのことに気がつかないで、感謝もしないで生きていて、失ってから後悔したくない。自分にないものではなくあるものを見られる人間になりたいと思った。

 

自分が明日死んでも、誰かが明日死んでも、後悔しない生き方がしたいと思った。

 

どんな言葉を言うのかにも注意深くなった。「自分はこの言葉を言っても後悔しないだろうか?」と前よりも話す前に考えるようになった。感情に任せて何かを言ったら、それがその人との最後の言葉になるかもしれない。言葉を慎重に選ぶようになった。(その分言えないこともあった。「私は本当にこれを言っていいのだろうか?これは言葉にして後悔しないことだろうか?」と考え始めると、言えなくなることも増えた。)人を大事にしたいと思っていた。いつ何があっても良いように。

 

でも、いつもできる訳ではなかった。

 

大学生の時に友人を亡くした時に、そのことを思いだした。その子が生きていることを当たり前だと思っていた。また会えなくなるなんて、思ってなかった。「今度一緒にご飯を食べようね」と言ったまま会えなくなってしまった。「なぜ私は父を亡くしたのに、またそのことを忘れていたのだろうか」と思った。どうして、いつも「また」があると思って、友人が生きていることを大事にしなかったのだろうかと。あんなに痛い思いをして知ったはずだったのに、忘れてしまっていた自分にショックを受けた。自分にある「当たり前」のものを見るのって、やっぱり難しい。毎日毎日、そこに生きてくれているということが特別なことに、自分にできることがあることが素晴らしいということに気がつくのは簡単ではなくて、すぐに「日常」の中で忘れてしまう。自分にないものではなく、あるものを見られる人間になりたいと願いながら、その難しさを感じている自分もいた。

 

プラムヴィレッジと出会って

だから、プラムヴィレッジの教えに出会った時に、自分は「探していたものに出会った」と思った。自分にないものではなく、あるものに目を向けること。いつか死ぬ存在であるということに気がつくこと。今ここにあるということの幸せを深く感じること。「日常」の中に溺れてしまいがちな、そこに「ある」命の貴重さを忘れないで思いだすこと。それが、私が探していたことだった。こういう風に生きたいと、中学生の時からずっと思っていた。(それでも、本当に実感することは病気になるまで難しかったことを入院して後々知ることになるわけだけれど。)

 

だから、ダルマに出会えてうれしかった。体験すること、教わることの一つ一つが、自分が求めていたものだった。自分がやりたいと思っていたことを、具体的にやる方法が、ここにあったのか、と思った。大事なことを大事にできる。今ここにある幸せに気がつくことができる。毎日、毎日。私がプラムヴィレッジに関わりづつけているのも、父のことがあったからだと思う。

 

高1の日記は、今に通じる大切な道

私が高校1年生の時に書いた日記がある。

 

「お父さんを失ったことはたしかに辛いし、いたらどんなに良いだろうと思うけれど、お父さんがいなくなってわかったこと、手に入れたことがいっぱいある。だから、私は幸せだとおもう。不幸は人に与えられるものじゃないから。生きていた方が良いに決まっているけれど、今ここに幸せな私がいるのは、お父さんの死があるからだ。だからそのこと自体を悪いことだと私は思わない。どんなことも幸せの原因になれると思う。だから私は父が死んだけど幸せで、死んだから幸せなんだ。お父さん、愛してるよ。」

 

私にとって父の死は、プラムヴィレッジへと続く道だったし、日々の当たり前に気がついて感謝をするプラクティスにつながる道だった。

 

タイ(ティック・ナット・ハン師)は「No mud, No lotus(泥がなければ、蓮の花は咲かない)」と言った。苦しみがあるから、幸せがあるのだと。父の死があったから気がついたことがたくさんあった。たくさんのことを教えてくれた。人生で一番辛くて、一番意味のある出来事だった。

 

だから今も思う。父が死んだけど私は幸せで、父が死んだから幸せな今の私があるのだと。

 

 

「父が亡くなったときの話 前編」は【コチラ】

 

じんくみさんの連載「私の病とマインドフルネス」

「私の病とマインドフルネスその1」は【コチラ】

「私の病とマインドフルネスその2」は【コチラ】

「私の病とマインドフルネスその3」は【コチラ】

「私の病とマインドフルネスその4」は【コチラ】

「私の病とマインドフルネスその5」は【コチラ】

「私の病とマインドフルネスその6」は【コチラ】

「私の病とマインドフルネス番外編」は【コチラ】

 

 

 

プラムヴィレッジ関連書籍のご購入は→→【コチラ

サンガジャパン Vol.35(2020spring)特集「食べるーー食と心の健康」

私と世界を幸福で満たす食べ方・生き方怒り怖れ和解ブッダの幸せの瞑想【第二版】今このとき、すばらしいこのときティク・ナット・ハンのマインドフルの教え奇跡をひらくマインドフルネスの旅