6日目から私は、ステロイドの治療を受けるため、午前中の数時間はベッドの上だったけれど、後の時間は特にやるべきこともなく、時間を持て余していた。痛みを感じていたわけではないので、ベッドにずっと寝ている必要もない。でも、免疫を抑制しているから感染のリスクがあって、外に出ることはできなかった。
サンガの仲間や友人がお見舞いに来てくれた。それまで、深く話したことがなかった人も、声をかけて来てくれた。その人の人生について、マインドフルネスとの出会いについて初めて聞いた。水彩絵の具と、水彩画の書き方の本を持ってきてくれた。(私はその後の多くの時間を家の庭の花の絵を描くことに費やしていた。絵を描いたのは20年ぶりだったけれど、楽しくて時間を忘れた。)何時間もおしゃべりして楽しく時間を過ごした。時間はたっぷりとあった。「いつか、じっくり話したいと思ってたんだ。会えてうれしい」と言ってくれた。こんなことでもなければ、そんな風に思ってくれていたなんて知らなかった。立ち止まらなければ、分からないことがあった。
ある友人と話した時、自分が今回感じた痛みについて話した。私が何を見ていなくて、人を責めていたかについて。そして、私の中の痛みについて。何をしんどいと思っていたかについて。
話しているうちに、言葉に詰まってしまった。想いを、十分に表すことができなくて。
友人は、何も言わずに、私の手を握って側にいてくれた。そうすると、温かいものが流れてきた。
「ただ、側にいてもらうってこういうことなのか」とわかった。
何の言葉もいらなかった。自分が深く癒されて、心が開かれていく感じがした。自分の心の深いところにある痛みにふれた時に、側にただいてくれる人がいるというのはなんと有難いのだろうと思った。「何かをしてくれる」ことは必要なくて、ただ側に来てくれて、一緒にいてくれること以上に有難いことなんてないな、って思った。
その日の夜、そして翌日、自分のハートがオープンになっていて、人の想いや喜びを深く受け取れるようになっているのを発見した。「ハートを開こう」と思ったからハートは開かれるわけではなくて、ただ側にいてくれるひとの温かい存在で開くのだと実感した。「安心安全な場を作ろう」と思ったからと言って(あるいは「ここは安心安全の場です」と宣言したからと言って)安心安全な場が作られないように、「ハートを開こう」と自分が思ったから開けるわけではない。それを受け取れるだけの環境と状況と、自分の状態があって初めてハートはオープンになるんだな、と思った。今回の出来事は私にとってギフトだな、と思う。会いたい人が会いに来てくれて、大事なことを教えてくれる。
私は命に限りがある、ということを人生で初めてリアルに感じていた。今まで、頭では知っていた。私の父は、私が12歳の時に亡くなった。私よりも年下の部活の後輩を病気で亡くしてもいる。人間は誰でも死ぬ。私もいつかは死ぬ。それは知っていた。
でも、それは「いつか」だった。今ではないどこか遠く。今すぐだとか、ここ何年のうちになんて思ってなかった。自分の命に限りがあるということを頭では理解していたけれど、身体では理解していなかった。それは、自分ではない誰かに起こることだった。自分に起こるのは遠い未来なんだと勝手に感じていた。口では「人間はいつ死ぬか分からない」と言っていた。いつ死ぬか分からないから、明日死んでも後悔しないような生き方をしたいと言っていた。でも、明日死ぬなんて本当は全然思っていなかったことがよく分かった。
病気になって命に限りがあるということが初めて自分のこととしてリアルに感じるようになった。この私の、この肉体は、限られたものなのだ。そうだったんだなぁ。身体が全然思い通りにならなくて、動けなくなる、ということが私に起こるんだ。命って本当に限られていたんだ。
今生きていることは、本当に素晴らしいと思った。一つ一つの心臓の鼓動を愛おしいと思った。ステロイドの点滴をおこなって、副作用で眠れなくなった夜に、自分の心臓の音を聞きながら、感動していた。あぁ、私は生きているんだ。心臓が動いている。心臓を動かしているエネルギーはなんなんだろう。どうして私が動かそうとしなくても勝手に動いてくれているのだろうか。なんて不思議な生命の力。
あぁ、私は生きるということをこんなに愛していたのか。自分はいつか微笑んで死ぬための準備をしているのだと思っていた。それは確かにそう。「生も死もない」とティック・ナット・ハン師の教えにあるように、死を恐れなくなり「生も死もない」というところを自分は目指しているのだと思った。
でも、その時はっきり感じていたのは、「生きていること」と「死んでいること」はやっぱり違うことなのだ。生きているから、できることというのがある。伝えたいことがある。やりたいことがある。私は「生きていたい」と思っていた。自分がこんなに強く「生きたい」って思っていたなんて知らなかった。「生」と「死」はやっぱり違う。
自分は人とつながっていて、私がいなくなっても私が消えるとは思わないけれど、それとは別に、生きるということそのものを、ここに自分が命としてあるということを、私はこんなにも愛しいのだと気づいた。自分が生きているということそのものに対して感動した。「おぉ!私って生きていたんだ!」ってよく分かった。私にとってそれがどれだけ大事かってことも。命の限りがリアルになって、命が輝く。生きているって特別なことなんだよ。そのことに気づくことができたことは、やっぱりギフトだと思った。
「死ぬ」ことがクリアに見えると「生きる」こともクリアに見えてくる。呼吸をする度、心臓が一つ鳴らされる度、ある意味では私たちは死に近づいているとも言える。でも、少なくとも、今は生きている。生きているって素晴らしいって思った。それは、病気にならなかったら分からなかったこと。
病院のシャワー室でプラムヴィレッジの歌う瞑想で使われる「幸は今ここ」という歌を歌っていた。歌詞の一節にはこうある
幸は いまここ 悩みは捨てた どこにもいかない することもない
幸せは、今ここにあった。その、病院の中で、難病を得た自分の内側に。
私はその歌を歌いながら自分にリマインドをしていた。私には十分幸せの条件がある。病気になったかもしれない。でもまた、一歩一歩自分の足で歩くことができる。ご飯を美味しく食べることができる。心配して病院に来てくれる、家族や友人がいる。心臓は健やかに鼓動をして、肺は健康に働き、私は呼吸を味わうことができる。
私には病気がある。でも、それは私の一部でしかない。病気もあるけれど、感謝できる十分な要素が私の中にある。病気は私の敵ではなく、私に大切なことを教えてくれて、命を輝かせてくれる、友人である。自分が生きているということそのものと、もっと仲良くなれた気がした。病気がないから幸せなのではない、病気があるからより幸せなのだ。
病院の中で入院しながら「幸は今ここ」なのだと、はっきり実感することができた。(つづきます)
「私の病とマインドフルネスその1」は【コチラ】
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