無常の見方〜「聖なる真理」と「私」の幸福〜
¥ 935 税込
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商品コード: 100350
発売日:2009年8月28日
著者:アルボムッレ・スマナサーラ
ISBN:9784904507353 C0215
新書サイズ 本文306ページ
一切は変化するそれが事実です
いまの瞬間だけが事実です。いまの瞬間は、次の瞬間の原因になります。ですから、将来、良い結果を期待するなら、「将来という妄想」の中で空回りするのではなく、心はいまの瞬間という現実に集中するべきです。
いまの瞬間が良ければ、当然、次の瞬間も良いのです。たったそれだけのことで、人間は最高に幸せに生きていられます。(中略)いまの瞬間の行為が次にどんな結果になるのかは、誰にでも推測できます。怠けていたら、良い結果が得られないのは明らかです。(中略)次の瞬間のことくらいは、誰にでもわかるでしょう?(中略)原因からは、常に、原因に見合った結果が出るのです。だったら、余計な期待を妄想せず、いまに集中して、良い原因を作りましょう。それは簡単なことなのですから。
本書では、釈尊の教えを忠実に語り伝える初期仏教の大長老が世界に蔓延する「怒り」を手がかりに、人間の矛盾をときほぐし、生命が幸せに生きるために役立つブッタの治慧を明らかにします。(本文より)
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ブッダは、「あなた」の幸せを願ったのです。
第1章 「ある」から生じる大失敗
悩むのは、馬鹿げている
- 「変わる」から悩む、「変わらない」から悩む
- 1.変わるから悩む
- 「悩む」→「苦しむ」のメカニズム
- 2.変わらないから悩む
- 「苦しみ」の寄せ集めが「人生」
- 「見方」が、悩み、苦しみの原因
- 期待、希望から、苦しみが生まれる
- あなたは「世界の王」ではありません
- 「わがまま」が根本的な問題
- 「自分のわがまま」に気づくと、人生はうまくいく
知識が不幸の種を蒔く
- 「ある」は2種類
- 「思うもの」が「ある」は、大問題
- 人間は「自分が思うもの」を絶対に譲らない
- 「思考の争い」「信仰の争い」こそが問題
- 「我が思う、故に正しい」→精神を病む
- 感覚器官→情報を認識→「ある」と勘違い
- 「変わるから知っている」が正しい
- 「花は黄色い」とはいえない
- 「ある」という錯覚→知識→役に立たない→失敗
- 知識は錯覚の寄せ集め
- 「知識=錯覚」を集めて妄想する
- 概念は無駄
- 人間には「邪見」しかない
第2章 それは「無常」ではありません
俗世間的真理は役に立たない
- 俗世間的真理と出世間的真理
- 俗世間的真理は、生命によってばらばら
- 俗世間的真理は、生命に自然にある知識
- 俗世間的真理は、開発することが可能
- 俗世間的真理には、「きり」がない
- 俗世間的真理が、「苦しみ」を実現する
- 俗世間的真理は、その場しのぎ
- 俗世間的真理に、道徳的な目的はない
- 俗世間的真理では、人格は向上しない
- 俗世間的真理には、悪い特色が目立つ
問題は乏しい観察力
- 聖なる真理は、人を悟りに押し上げる
- 無常を知っているなら、完全な人格者
- 世間の常識は、個人の感情
- 自分に都合の良い変化だけ期待する
- 無常は「観察」によってわかるもの
- 変化に気づいたときは手遅れ
- 「無常だから楽しい」に気づかない
- 幸福を与える無常が無視される
- 無常を妄想して楽しむ愚かさ
- 自分を含めて全体的に見ていない
- 「絶え間ない変化」が見えない
無常に拠って立つ世界
- 世間の無常は妄想のかたまり
- ブッダは物質のレベルで無常を語る
- すべての物質は光の速度で変化する
- 心は物質より速く変化する
- 水晶玉とシャボン玉
- 自我は成り立たない
- 存在する=無常である
知識は無知の同義語
- 知識は相対的で主観的
- 無常を知ることだけが解決方法
第3章 悟らなくても役に立つ
無常はとても明るい話
- 無常は事実なので否定できない
- 無常がわかったら悟り
世間の無常は単なる「わがまま」
- 世間の無常は興味しだい
- 世間の無常は問題点
- 良い変化、悪い変化
- 変化を発見してパニックに陥る
- 自己都合でハイライトを当てて喜ぶ
世間の無常は健康と年齢しだい
- 体は健康でも心は病気
- 体が健康→変化は平気
- 精神が健康→変化は平気
- 精神が弱い→変化を拒否
- 人の話は健康状態を加味して聞く
- 若いとき革新的→歳を取ると保守的
- 人の話をまともに聞く必要はない
- 弱いから永遠不滅を求める
世界は変わるが、自分は変わらない?
- 「私は変わらない」という身勝手な前提
- 死を悲しむのは格好が悪い
- 対照的に発見される無常は「邪見」
- 宗教も「変わらない何か」に拠って立つ
- まとめ:世間の無常は問題だらけ
- まとめ:世間の無常はひどい「わがまま」
- まとめ:人の性格はいい加減
- ブッダの無常のどこがすごいのか?
釈尊の無常はすごい智慧
- 生きているなら、必ず死ぬ
- 存在が無常です
- 聖書も無常を語っている
- 「私」という固定された実体はない
- 私は変わる。世界も変わる
- ヴィパッサナー瞑想で一目瞭然
- 変化=因果の連鎖
- あらゆる現象に価値はない
- 心の眼で無常を発見する
- 悟りとは「いままで馬鹿でした」と知ること
- 無常は無上の真理
聖なる真理は役に立つ
- 悟らなくてもブッダの教えは役に立つ
- 無常を知る人は、子育て上手
- 無常を知る人は、性格が柔軟
- 無常を知る人は、注意深い
- 無常を知る人は、落ち着いている
- 無常を知る人は、パニックにならない
- 無常を知る人は、明るく生きる
- 無常を知る人は、楽しく生きる
- 無常を知る人は、心を育てる
第4章 無常の世界の予測術
どうして先が知りたいの
- 儲け話にしか興味なし
- 宗教の予測は当たらない
- 欲・苦しみ・怠けが原因で、予測を求める
- 予知に励むと、世界は真っ暗
無常批判の大掃除
- 無常への批判1:無常論は暗い
- 無常への批判2:人生のモノサシがない
- 無常への批判3:結果を期待する前向きさがない
- 無常批判への反論1:無常は事実、真理です。
- 宇宙の変化:膨張する宇宙(まめ知識)
- 宇宙の変化:膨張する宇宙の特徴(まめ知識)
- 宇宙の変化:収縮する宇宙の特徴(まめ知識)
- 無常はコントロール不可能
- 「ない」と言うのは、難しい(まめ知識)
- 無常批判への反論2:無常だからワクワク生きる
- 無常批判への反論3:無常だから努力が実る
- 無常批判への反論4:無常だから進歩する
- 無常のお蔭で生きている
無常をめぐる諸宗教の失敗
- なぜ現象は変化する?
- 変化はいつか終わる?
- ヒンドゥー教の実家論
- 中東の宗教は「天国」と「地獄」の二者択一
- 説一切有部は「現在、過去、未来は同じだ」と説く
- 大乗仏教はブッダの教えを骨抜きにする
- 仮説をごり押しして真説にする愚かさ
- ブッダは、仮説を立てずに調べていく
ブッダは因縁ですべてを説明する
- 因縁で説明できないことはない
- 仏教は「自分に関する因縁の説明」
- 「因」は原因、「縁」は条件(まめ知識)
- すべては「結果」であると同時に「原因」
- 無常は想像を絶するほど多次元的
- 変化そのものが世界の姿
- すべては一時的で相対的
- 無常の世界の予測術
- 世界は法則通りに変化するので予測可能
- 予測能力は因果法則の理解しだい
- 占いは宗教の予言より当たるが、無視すべき
仏教的な予測術
- 1.予測する現象を限定する
- 2.予測する時間を短くする
- 3.予測する対象を小さくする
- 4.因果をできるだけ発見する
- 5.仏教はパーセントで予測する
- ブッダの心はどんな生命より速い
- 無執着な人の予測は当たる
仏教的な計画術
- 計画=原因と条件で「変わり方」を変えること
- 期待が叶う計画実行のコツ
修行者は解脱を計画する
- 「あらゆることに価値はない」と知ったなら
- 執着を捨てるための十二因縁
- 誰もが幸せになる方法
第5章 死を認めれば幸福になる
世間の幸福=大変な苦労
- 誰もが、死なない前提で生きている
- 本人が得ることは不可能
- 得る=幸福→苦労する
2つの極論=楽観主義と悲観主義
- 世間の幸福論「得ることは幸福」「消えることは不幸」
- 得は失である。生は滅である。
- 「得る」しか見ない人、「失う」しか見ない人
- 楽観主義も悲観主義も「極論」で駄目
正しい見方=仏教の中論
- 一切の現象に価値はない
- すべてに価値はないが、因果法則がある
- 中論の3つの真理
因果法則こそ人生の操作方法
- 「私はない」というのは仏教だけ
- お釈迦さまが答えない問い
- 「私がいる」という実感は何なのか?
- 「変わらない私」は「人類最大の間違い」
- 人生の操作方法
- 死んだ子を嘆く愚かさ
- 人は死ぬのです
- 苦しいから輪廻する
あなたは、必要なことをぜんぶ知っている
- 「無常=真理」に逆らうと不幸
- いまの瞬間だけが現実
- 希望は必ず実らない
心の無常は時間単位
- 「真理としての無常」を発見しよう
- 心はエネルギーであり機能
- 無常を観る方法「ヴィパッサナー瞑想」
「死」を認めて智者になる
- すべての生命は根本的に無知
- 死を観察する方法「死随念」
- 死につつある現実を受け入れると・・・・・・
- 六感の無常を瞑想する「無常随念」
- 五蘊の無常を観察する
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